木の下の奏者たち― 桜の木がつないだ声 ―

会ったことなどないはずなのに、目の前にいる人はかなたなのだと、楓はなぜだかそう思った。

かなたの顔は、はっきりと見えた。

口元には、穏やかな笑みが浮かんでいる。

楓も微笑み返した。

二人の間に、言葉はなかった。

かなたは、白い息を吐きながら、ゆっくりと楓に歩み寄る。

サクッ、サクッ。

雪を踏みしめる音が、驚くほど鮮明に聞こえた。

やがて、かなたはそっと両腕を広げ、楓を抱きしめた。

楓も、かなたの背中に腕を回した。

暖かな体温。

かすかな匂い。

耳元に感じる息遣い。

そして、自分の胸の高鳴り。

その全てを、楓は感じ取ることができた。

雪景色の中、二人は何も言わずに抱き合っていた。

楓が顔を上げると、かなたと目が合った。

かなたは、照れたように笑った。


そこで――


楓は目を覚ました。

はっとして、ベッドから上半身を起こす。

楓はしばらく、自分の両手を呆然と見つめていた。

やがて、顔を手で覆い、泣き出した。

夢で見たかなたの顔も、抱きしめられたときの温もりも、もう思い出せなかった。


そして、次に林に行ったとき――

楓は木に触れると、かなたの温もりを感じるようになった。


◇


最初は、とても驚いた。

熱にうなされ、回復したあとのことだった。

いつものように木の幹に触れると、ざらざらした幹の感触とともに、ほのかな温もりを感じたのだ。


「楓さん?」
声がした。

「かなたさん……」

「やっぱりそうだ。誰かに、背中を触られた気がしたんです」

「私も……誰かに触れたような気がして」

楓がそう答えると、しばらく沈黙が降りた。

ふいに温もりが消えたかと思うと、また、ふっと戻ってきた。

「分かりますか?僕の手です」

(かなたさんの手……)

楓は胸が熱くなった。

「分かります」

ドクン、ドクン

自分の心臓の音が聞こえてきた。

かなたが言った。

「楓さんの手、僕のより小さい」

楓は思わず笑った。

「女の子ですから」

かなたも笑った。

「そうですよね」

それから少し間を置いて、言った。

「もしかすると、この前の……」

「えっ?」

楓が聞き返す。

「あっ、いえ。なんでもないですよ……本当に、不思議な木ですね」

かなたの声が、楓の耳に静かに響いた。

楓は自分の手を見つめた。
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