若き警備会社社長が愛する奥様は元怪盗だったのです
見上げると、夫は怒りも、焦りも、顔には出していなかった。ただ、まっすぐに妻を見ていた。
「止めてほしいか」
その質問に、瑠那は目を丸くする。
「え?」
「行かないでくれ、と言ってほしいか。それなら、言う」
護の声は、いつもより少しだけ掠れていた。
「でも、君は行くだろう?」
息が、できなくなった。
この人は、全部分かっている。わたしが、とっくに「行く」と決めていることも。
止められても、きっと行ってしまうことも。
「……行く!」
「ああ」
「あの子は、わたしが連れて帰る」
「了解」
護は短く言って、ゆっくりと瑠那の手を取った。その手は、冷たくて、かすかに震えていた。
* * *
瑠那の手は、小さくて、驚くほど冷たかった。
その手を握りながら、護は頭の片隅で、別のことを考えていた。
――この人を、初めて追いかけた夜も、こうだった。
塀の上で笑った彼女を、護はあのとき捕まえられなかった。今なら理解できる。
捕まえられなかったのではなく、捕まえたくなかったのだ。あの夜から、護は彼女の背中ばかり見ていた。