その溺愛、予想外につき。
「え……」
かすれた声が漏れる。
隣で黒崎さんも目を細めた。
「思った以上に似てるな」
その言葉に、また胸がざわつく。
似てる。
お兄ちゃんに。
その事実が嬉しいのか苦しいのか、自分でもよくわからない。
涼がゆっくりと私の隣まで来て、鏡を見た。
そして、ほんの少しだけ目を見開く。
「……ほんとだ」
その声は驚いていた。
でも、それだけじゃなかった。
自分によく似た姿をした妹を見て、何かを飲みこむみたいな、複雑な響きがあった。
私は鏡から目を離せない。
これが、天宮涼。
いや、正確には違う。
兄そのものじゃない。
でも、兄の代わりを名乗るための顔だ。
「まだ完成じゃない」
真白さんが冷静に言う。
「表情が柔らかすぎる。目線も泳いでる。立ち方も女の子っぽい」
さっきまで少しだけ見惚れていた気持ちが、一瞬で現実に戻される。
「あと声。今のままじゃすぐばれる」
「う……」
「う、じゃない」
容赦ない。
でも、逆にありがたかった。
似てるだけで浮かれていたら、きっと足元をすくわれる。
真白さんは私の肩に軽く触れる。
「背筋を伸ばして。肩の力を抜く。顎は少し引く。もっと無意識に立てるようにならないとだめ」
言われた通りに姿勢を直す。
たったそれだけで、鏡の中の印象が少し変わった。
「次、兄の立ち方を見て」
涼が少し戸惑いながらも、真白さんに促されて鏡の前へ立つ。
私の隣でまっすぐ立った兄は、何もしなくても空気が違った。
肩の位置。
重心。
視線の置き方。
自然に立っているだけなのに、ちゃんと人に見られる人の姿だった。
私はそれをじっと見る。
何度も見てきたはずなのに、こうして並ぶと全然違う。
兄はやっぱり、遠い。
「真似して」
私はそっと兄の姿勢をなぞる。
足の開き方。
腕の位置。
首の角度。
ぎこちない。
自分でもわかるくらい不自然だ。
それでも何度か直されるうちに、少しだけ形になっていく。
「そう。その感じ」
真白さんが短く言った。
褒められたわけでもないのに、その一言がじんわり嬉しい。
黒崎さんはメモを取りながら頷く。
「思ったより飲み込みが早いな」
「兄を見てきた時間が長いんでしょうね」
真白さんのその言葉に、私は少しだけ胸が熱くなった。
私が今ここに立てているのは、きっとずっと見てきたからだ。
憧れていたから。
応援していたから。
大好きな兄だったから。
その積み重ねが、少しだけ私を支えてくれている。
その時だった。
こんこん、と軽いノックが鳴る。
返事を待たずにドアが少しだけ開いて、ひょこっと顔を覗かせたのは、さっきのるかだった。
「ねえ、終わった?」
真白さんのこめかみに青筋が浮きそうな顔になる。
「るか」
「だって気になるんだもん」
悪びれもせずに中へ入ってくる。
そして次の瞬間、るかの視線が鏡越しに私を捉えた。
「……わ」
ぴたり、と足が止まる。
私は反射的に身を固くした。
そんなふうに見られると、また何か気づかれそうで怖い。
るかは数秒、黙ったまま私を見つめていた。
それから、ふっと目を細める。
「すごい。ほんとに涼っぽい」
その一言に、胸がざわっと揺れた。
「まだ全然です」
慌てて言うと、るかは笑う。
「でもさっきよりずっといい。別人みたい」
別人。
その言葉は正しいのに、少しだけ寂しかった。
るかはずんずん近づいてきて、私の顔を覗き込む。
近い。
近すぎる。
「前髪、いい感じ。目元も似てる」
そんなふうにじっと見られて、心臓がうるさくなる。
男の子同士なら、こんなに顔を近づけたりするものなのかな。
わからない。
わからないけど、とにかく落ち着かない。
「るか、近いです」
思わず言うと、るかはきょとんとして、それからにっこり笑った。
「敬語なんだ」
「え……」
「涼って、もうちょっとぶっきらぼうだったよね」
まただ。
また違和感を持たれてる。
私はとっさに口をつぐんだ。
どうしよう。
まだ何も始まってないのに、こんなにぼろが出るなんて。
けれど、るかは責めるような顔はしなかった。
むしろ、面白いおもちゃを見つけたみたいに楽しそうだ。
「まあいっか。そこから変えていけばいいんでしょ?」
軽く言って、るかは私の肩にぽんと手を置いた。
その瞬間、びくっと身体が揺れる。
「うわ、そんなにびっくりする?」
「い、いえ……」
「ふふ。ほんと可愛い」
またその言葉。
胸の奥が変なふうに熱くなる。
男の子相手にそんなこと言うなんて、おかしい。
でも、るかはまったく疑っているようには見えない。
ただ自然に、思ったことをそのまま口にしているだけみたいだった。
それが余計に困る。
「るか、仕事の邪魔」
真白さんの低い声に、るかははーいと気の抜けた返事をする。
でも最後にもう一度だけ、私を見て笑った。
「完成したら最初に見せてね、新しい涼くん」
その言葉を残して、今度こそ部屋を出ていく。
ドアが閉まると同時に、私は小さく息を吐いた。
自分でも気づかないうちに、ずっと息を詰めていたらしい。
「……前途多難ね」
真白さんのひとことが、やけに現実的に響く。
私は鏡の中の自分を見る。
そこにはまだ、ぎこちなく兄を真似しようとしている誰かが立っていた。
でも、その誰かはもう確かに一歩踏み出してしまっている。
天宮ふわりじゃなく、天宮涼として。
このきらきらした、嘘だらけの世界へ。
かすれた声が漏れる。
隣で黒崎さんも目を細めた。
「思った以上に似てるな」
その言葉に、また胸がざわつく。
似てる。
お兄ちゃんに。
その事実が嬉しいのか苦しいのか、自分でもよくわからない。
涼がゆっくりと私の隣まで来て、鏡を見た。
そして、ほんの少しだけ目を見開く。
「……ほんとだ」
その声は驚いていた。
でも、それだけじゃなかった。
自分によく似た姿をした妹を見て、何かを飲みこむみたいな、複雑な響きがあった。
私は鏡から目を離せない。
これが、天宮涼。
いや、正確には違う。
兄そのものじゃない。
でも、兄の代わりを名乗るための顔だ。
「まだ完成じゃない」
真白さんが冷静に言う。
「表情が柔らかすぎる。目線も泳いでる。立ち方も女の子っぽい」
さっきまで少しだけ見惚れていた気持ちが、一瞬で現実に戻される。
「あと声。今のままじゃすぐばれる」
「う……」
「う、じゃない」
容赦ない。
でも、逆にありがたかった。
似てるだけで浮かれていたら、きっと足元をすくわれる。
真白さんは私の肩に軽く触れる。
「背筋を伸ばして。肩の力を抜く。顎は少し引く。もっと無意識に立てるようにならないとだめ」
言われた通りに姿勢を直す。
たったそれだけで、鏡の中の印象が少し変わった。
「次、兄の立ち方を見て」
涼が少し戸惑いながらも、真白さんに促されて鏡の前へ立つ。
私の隣でまっすぐ立った兄は、何もしなくても空気が違った。
肩の位置。
重心。
視線の置き方。
自然に立っているだけなのに、ちゃんと人に見られる人の姿だった。
私はそれをじっと見る。
何度も見てきたはずなのに、こうして並ぶと全然違う。
兄はやっぱり、遠い。
「真似して」
私はそっと兄の姿勢をなぞる。
足の開き方。
腕の位置。
首の角度。
ぎこちない。
自分でもわかるくらい不自然だ。
それでも何度か直されるうちに、少しだけ形になっていく。
「そう。その感じ」
真白さんが短く言った。
褒められたわけでもないのに、その一言がじんわり嬉しい。
黒崎さんはメモを取りながら頷く。
「思ったより飲み込みが早いな」
「兄を見てきた時間が長いんでしょうね」
真白さんのその言葉に、私は少しだけ胸が熱くなった。
私が今ここに立てているのは、きっとずっと見てきたからだ。
憧れていたから。
応援していたから。
大好きな兄だったから。
その積み重ねが、少しだけ私を支えてくれている。
その時だった。
こんこん、と軽いノックが鳴る。
返事を待たずにドアが少しだけ開いて、ひょこっと顔を覗かせたのは、さっきのるかだった。
「ねえ、終わった?」
真白さんのこめかみに青筋が浮きそうな顔になる。
「るか」
「だって気になるんだもん」
悪びれもせずに中へ入ってくる。
そして次の瞬間、るかの視線が鏡越しに私を捉えた。
「……わ」
ぴたり、と足が止まる。
私は反射的に身を固くした。
そんなふうに見られると、また何か気づかれそうで怖い。
るかは数秒、黙ったまま私を見つめていた。
それから、ふっと目を細める。
「すごい。ほんとに涼っぽい」
その一言に、胸がざわっと揺れた。
「まだ全然です」
慌てて言うと、るかは笑う。
「でもさっきよりずっといい。別人みたい」
別人。
その言葉は正しいのに、少しだけ寂しかった。
るかはずんずん近づいてきて、私の顔を覗き込む。
近い。
近すぎる。
「前髪、いい感じ。目元も似てる」
そんなふうにじっと見られて、心臓がうるさくなる。
男の子同士なら、こんなに顔を近づけたりするものなのかな。
わからない。
わからないけど、とにかく落ち着かない。
「るか、近いです」
思わず言うと、るかはきょとんとして、それからにっこり笑った。
「敬語なんだ」
「え……」
「涼って、もうちょっとぶっきらぼうだったよね」
まただ。
また違和感を持たれてる。
私はとっさに口をつぐんだ。
どうしよう。
まだ何も始まってないのに、こんなにぼろが出るなんて。
けれど、るかは責めるような顔はしなかった。
むしろ、面白いおもちゃを見つけたみたいに楽しそうだ。
「まあいっか。そこから変えていけばいいんでしょ?」
軽く言って、るかは私の肩にぽんと手を置いた。
その瞬間、びくっと身体が揺れる。
「うわ、そんなにびっくりする?」
「い、いえ……」
「ふふ。ほんと可愛い」
またその言葉。
胸の奥が変なふうに熱くなる。
男の子相手にそんなこと言うなんて、おかしい。
でも、るかはまったく疑っているようには見えない。
ただ自然に、思ったことをそのまま口にしているだけみたいだった。
それが余計に困る。
「るか、仕事の邪魔」
真白さんの低い声に、るかははーいと気の抜けた返事をする。
でも最後にもう一度だけ、私を見て笑った。
「完成したら最初に見せてね、新しい涼くん」
その言葉を残して、今度こそ部屋を出ていく。
ドアが閉まると同時に、私は小さく息を吐いた。
自分でも気づかないうちに、ずっと息を詰めていたらしい。
「……前途多難ね」
真白さんのひとことが、やけに現実的に響く。
私は鏡の中の自分を見る。
そこにはまだ、ぎこちなく兄を真似しようとしている誰かが立っていた。
でも、その誰かはもう確かに一歩踏み出してしまっている。
天宮ふわりじゃなく、天宮涼として。
このきらきらした、嘘だらけの世界へ。