金庫の中の兄貴
【02 夏休みの自由研究】
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・【02 夏休みの自由研究】
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八月一日、今日の朝はまだ涼しくて、この涼しいうちに全部終わらせようと円陣を組んだ。
私と裕子と甚太は夏休みの自由研究がダル過ぎて、三人で一つの自由研究を作ることにしたのだ。
内容は地域のことを調べるという、見切り発車の企画。
まあ一応私たちは中学生なわけだから、三人寄れば文殊の知恵で、集まっちゃえば何かできると思ったんだけども、何か全然上手くいかない。
裕子は乗ってきた自転車をまたいだ状態で歩き、甚太と私は普通に徒歩で、街中を練り歩いている。段々暑くなってきた。ビルのような高い建物は無いものの、それなりに娯楽が揃っている町程度では、単純な地球温暖化には勝てないというわけで。ミストが無い、ミストが。浜風で涼しいという触れ込みで移住者を誘致しているらしいが、そんな過ごしやすいかどうかは他の町と比べたことが無いので分からない。
一旦コンビニに寄って、アイスを買って、駐車場でぼんやり食べながら、今のところの出来事を反芻する。
なんというか、私の、近くの銭湯で歴史を聞くというアイデアは絶対良かったはずなんだけども、甚太がとある理由により、銭湯を出禁になっていたらしく、銭湯の番台さんはカンカンにキレて、甚太は勿論、私も裕子も追い出されてしまった。
甚太は銭湯で何があったかは言わないし、私は甚太を切り離して、裕子とだけで銭湯に昔話を聞こうと誘ったけども、裕子は裕子で番台さんの態度にキレてしまい、その案は立ち消えになってしまった。
すると甚太がこんなことを言い出した。
「何かテレビで見たんだけども、開かずの金庫っていう企画があって、あれ意外と面白かったんだよな! だから金庫を開けてさ! 中に何があるか調べるような企画しようぜ!」
私もそんな企画をテレビ東京で見たことあるなぁ、と思っていると、即座に裕子が、
「で、金庫見つけたとして、どうやって開けるの?」
甚太もすぐさま、
「その番組ではプロが開けるんだけどさ、最終的に壊すこともあるから壊せばいいんじゃね?」
裕子は溜息交じりに、
「金庫ってそんな簡単に壊せるものじゃなくない?」
でも、と思って私は、
「開けられなくても、その金庫の歴史を聞くだけでも何か、文章になるかもっ」
と言ってみると、裕子は同調するように、
「さすが真奈、それいいかも」
甚太も頷きながら、
「いいじゃん! 真奈! じゃあとりあえず金庫探そうぜ! で! 五個くらい見つかれば一つの研究になるかも!」
五個って何気にハードル高く設定すな、と思いつつも、まあそれくらいやらないと中学生の自由研究にはならないか。
じゃあ、と私は食べ終えたアイスから甘いタレがこぼれないように、バッグに入れているビニール袋に入れながら、
「この地区の歴史ある建物に全部突撃する感じでOK?」
甚太はサムアップしながら、
「いいじゃん! いいじゃん!」
と言いつつ、甚太は雑に食べ終えたアイスをボディバッグに詰めた。裕子はじゃあといった感じに、
「まずあの民宿にする? 何かずっとやってるよね、あそこの民宿」
と指差した先は『民宿黒田』だ。
甚太は「えーっ」て否定的な声を出してから、
「あんなチンケな民宿に立派な金庫無いだろ!」
裕子は少し呆れるように、
「いやいや立派じゃなくていいし、数ありゃいいんでしょ、数ありゃぁ」
と言うと、食べ終えたアイスを私のほうに向けて、
「ゴメン、真奈。アタシのゴミも一応入れといて」
一応入れといて、と言いつつ、裕子にゴミを返す機会は無いんだろうなと思いつつ、まあビニール袋にはまだ空きがあるからいいけども、と思い受け取って、裕子のゴミもビニール袋に入れて、しばってからバッグに入れた。
というわけで、私たちは民宿黒田のほうへ前進していき着いた。裕子は自転車を”そこはさすがに邪魔だろ”的な民宿の真ん前に置いて、まあ三人で突撃することにした。
すると、民宿の店主・黒田さん(多分黒田でしょ、苗字でしょ)が顔を出して、
「なんだい?」
と。そこから主に甚太が流暢に説明すると、黒田さんはこう言った。
「うちには金庫が確かにあるけども、あれはどんな鍵でも開く金庫だよ」
「……どんな鍵でも開く金庫?」
アホそうな声で三人で合唱した。
黒田さんは続ける。
「そうそう、どんな鍵でも開いちゃう金庫なんだ。ほら、昔の東南アジアのバイクとかも、鍵が三種類しかなかったって言うでしょ」
それは知らんがなだし、でもそれとも違うでしょ、と思ったんだけども、甚太は黒田さんに促されるまま靴を脱ぎ、まあ何か記事を書かないといけないことは事実なので、私と裕子は顔を見合わせて、小首を傾げてから、玄関に上がらせてもらった。
「この金庫だよ」
黒田さんが見せてくれた金庫は入口のすぐ横にあり、その金庫はとても古ぼけた金庫で、歴史だけはありそうだった。でも防犯の観点から言うと、こんな入口近くに金庫ってだいぶおかしくない?
甚太は黒田さんに何も言わずに、金庫の前で中腰になり、素手でそのまま開けようとして、すごい不躾だなと思って見ていると、甚太が、
「開かないっすね」
と言うと、黒田さんが、
「そりゃ鍵が無いと開かないよ」
すると裕子が金庫の前にしゃがんでから、
「じゃあアタシの自転車の鍵で開けようとしていいですか?」
私はアクティブだなぁ、と思って見ていると、黒田さんが、
「あぁ、勿論いいよ」
と答えて、裕子はポケットから自転車の鍵を取り出して、金庫の鍵穴に入れると、
「ガチャっていった」
と裕子が呟いた。
どうやら本当に金庫が開きそうで、裕子は片手で重そうな厚い扉を軽々開けると、なんと中は空洞というか、古い金庫にありがちな、中が棚のように仕切られていることも無く、私がテレビ東京で見た開かずの金庫企画の金庫とは違うなぁ、と思った。
甚太は「あー、開いたー」とバカっぽく言った。
私は上のほうの空洞を見てからは、なんとなく裕子の顔を見ていたんだけども、裕子の面持ちが急変した。
曇ったというか苛立ったというか、目が鋭くなり、裕子が金庫の中に手を伸ばすと、なんと中から自転車競技用のヘルメットを取り出したのだ。
でもそのヘルメットはどこかで見たようなカラーリングで、と思ったところで裕子が声を荒らげた。
「黒田さん! アンタがアタシのヘルメット盗んだんだなぁ!」
そう言って黒田さんのほうを見ると、黒田さんが、
「いや僕は臼田だけども」
民宿黒田の店主、黒田じゃないんかい。分かりづらっ。
黒田さん改め臼田さんは小首を傾げながら、
「でも僕は知らないよ、そんなヘルメット」
「でも金庫から出てきたじゃないですか!」
と本気でキレている裕子は立ち上がった。
裕子は続ける。
「だってこれアタシが無くしたヘルメットですもん! カラーリングがそのものですもん! 闇に同化するこのカラーリングは絶対アタシのもんですもん!」
普段”ですもん”なんて口調で喋らないくせに、気が動転して変な語尾になっているらしい。
臼田さんは困惑した面持ちで目が泳いでいる。
裕子は怒鳴り声を上げ続けるなか、甚太が、
「じゃあ俺もやってみようかな、俺の鍵でも開くのかなって」
と一旦金庫を締めてから、手で開かないことを確認し、ボディバッグから鍵を取り出した。
私は甚太へ、
「それ何の鍵?」
「へそくりの引き出しの鍵」
コイツ、中学生にしてもうへそくりやってんのかよ、大人だな、と思いながら、甚太の様子を見ていると「開いた、ガチャっていった」と裕子と同じようなこと言いながら開けると、なんと!
「千円札入ってるぅぅうううううううう!」
甚太がデカい声を上げながら、金庫の中のお金に飛びついた。
いや、
「金庫の中にお金が入っていたら、それは完全に臼田さんのヤツなんだよ」
と私が言うと、裕子が「え?」と言いながら振り返り、甚太が握っている千円札をまじまじと見ると、
「そんなん入っていなかったよ」
とポツリと呟いた。
臼田さんは後ろ頭を掻きながら、
「この金庫はね、開けた鍵によって入っているモノが変わるんだよ」
と言うと、裕子が即座に、
「そう言ってよ!」
と叫んだわけだけども、臼田さんは、
「そう言わせてもらえる隙が無かったじゃないか」
と言って、裕子は黙った。
ふと、甚太が、
「これ何度も繰り返して出来るのかな?」
と言いながら金庫を締めて、また甚太は自分の鍵で開けると……!
「うぉおぉおおおおおおおおおお! また千円札出てきた!」
そう、さっきので絶対カラになったはずなのに、また千円札が出てきたのだ!
裕子は興奮しているような顔と声で、
「甚太! もっとやろう!」
と言って、甚太は甚太で、
「ずっとやるぜ!」
と言って、また金庫を閉じた。
裕子、さっきまであらぶっていたんだから臼田さんに謝罪しなよ、と思いつつも、それよりも、と思い、私は二人には黙って一旦家へ戻ることにした。
私は走って家に戻り、兄貴の部屋へ一目散に入り、兄貴が大事にしていた鍵を兄貴の部屋から持ち去った。
兄貴は私が小学一年生の時に失踪しているので、部屋には入りたい放題。
この鍵を見ると胸が詰まる。
何故なら、この鍵の、いいや私のせいで兄貴はいなくなってしまったから。
私がこの鍵が何の鍵か兄貴にしつこく聞いたせいで喧嘩になり、多分兄貴は面倒クサくなって、家を出て行った。
でも私も両親も晩御飯になったら帰ってくると思っていたが、結局兄貴はそのまま二度と私たちの目の前には現れなかった。
失踪人届も出したけども、見つかることは無くて。
当時の両親は『思い出は瞳に焼きつけろ』派で、一切兄貴の写真が無かったことも見つからなかった原因だとネットで書かれた。
なんなら両親は虐待していたから、子供の写真が全然無かったんだというようなことをたくさんネットニュースとかにも書かれた。
両親は相当荒れたし、今もまだ引きずっている感じがする。
でも、でもだ、この鍵があれば、この鍵であの金庫を開ければ、きっと兄貴の手掛かりが見つかるはず、何かそんな気がするんだ。
私はその鍵をしっかり握って、民宿黒田に戻ってきた。
すると、裕子と甚太はゲヒゲヒと笑い合っていて、私を見るなり甚太が、
「どこ行ってた? 待ってたぞ、金出し切ったからこれで豪遊しようぜ」
甚太が自分のボディバッグの中を私に見せると、雑に千円札が大量に入っていた。
私は臼田さんへ、
「私も鍵を持ってきたんで、いいですか?」
と言うと、臼田さんよりも先に甚太が、
「おうおう! 金の鍵かぁっ? 俺はお金を出し切ったぜ!」
と下品な言葉を叫んだため、無視することにした。
私は金庫の前でしゃがんで、開いていた金庫を改めて閉じてから、私のこの鍵で開けた。
すると、なんと、金庫の中からは……!
「ん? 真奈か? えらい老けたな、ジジイの趣味みたいなもんができたのか?」
「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私はそのまま腰を抜かすように、尻もちをついた。
裕子も私とユニゾンするように大きな声を荒らげて、多分ボディバッグに詰めたお金を眺めていて、唯一こっちを見ていなかっただろう甚太が時間差で叫び声を上げた。
中から出てきた私の”兄貴”は笑いながら、
「何、大勢でデカい声を出して耳障りだな。女はまだしも男のほうもさ。情けないなぁ、こういう男はさ」
こういうアップデート出来ていない感じ、間違いない、これは私の兄貴だ。
でも、姿かたちは本当にあの頃のまま、小学三年生のままの、そう”失踪した日のままの兄貴”だった……!
・【02 夏休みの自由研究】
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八月一日、今日の朝はまだ涼しくて、この涼しいうちに全部終わらせようと円陣を組んだ。
私と裕子と甚太は夏休みの自由研究がダル過ぎて、三人で一つの自由研究を作ることにしたのだ。
内容は地域のことを調べるという、見切り発車の企画。
まあ一応私たちは中学生なわけだから、三人寄れば文殊の知恵で、集まっちゃえば何かできると思ったんだけども、何か全然上手くいかない。
裕子は乗ってきた自転車をまたいだ状態で歩き、甚太と私は普通に徒歩で、街中を練り歩いている。段々暑くなってきた。ビルのような高い建物は無いものの、それなりに娯楽が揃っている町程度では、単純な地球温暖化には勝てないというわけで。ミストが無い、ミストが。浜風で涼しいという触れ込みで移住者を誘致しているらしいが、そんな過ごしやすいかどうかは他の町と比べたことが無いので分からない。
一旦コンビニに寄って、アイスを買って、駐車場でぼんやり食べながら、今のところの出来事を反芻する。
なんというか、私の、近くの銭湯で歴史を聞くというアイデアは絶対良かったはずなんだけども、甚太がとある理由により、銭湯を出禁になっていたらしく、銭湯の番台さんはカンカンにキレて、甚太は勿論、私も裕子も追い出されてしまった。
甚太は銭湯で何があったかは言わないし、私は甚太を切り離して、裕子とだけで銭湯に昔話を聞こうと誘ったけども、裕子は裕子で番台さんの態度にキレてしまい、その案は立ち消えになってしまった。
すると甚太がこんなことを言い出した。
「何かテレビで見たんだけども、開かずの金庫っていう企画があって、あれ意外と面白かったんだよな! だから金庫を開けてさ! 中に何があるか調べるような企画しようぜ!」
私もそんな企画をテレビ東京で見たことあるなぁ、と思っていると、即座に裕子が、
「で、金庫見つけたとして、どうやって開けるの?」
甚太もすぐさま、
「その番組ではプロが開けるんだけどさ、最終的に壊すこともあるから壊せばいいんじゃね?」
裕子は溜息交じりに、
「金庫ってそんな簡単に壊せるものじゃなくない?」
でも、と思って私は、
「開けられなくても、その金庫の歴史を聞くだけでも何か、文章になるかもっ」
と言ってみると、裕子は同調するように、
「さすが真奈、それいいかも」
甚太も頷きながら、
「いいじゃん! 真奈! じゃあとりあえず金庫探そうぜ! で! 五個くらい見つかれば一つの研究になるかも!」
五個って何気にハードル高く設定すな、と思いつつも、まあそれくらいやらないと中学生の自由研究にはならないか。
じゃあ、と私は食べ終えたアイスから甘いタレがこぼれないように、バッグに入れているビニール袋に入れながら、
「この地区の歴史ある建物に全部突撃する感じでOK?」
甚太はサムアップしながら、
「いいじゃん! いいじゃん!」
と言いつつ、甚太は雑に食べ終えたアイスをボディバッグに詰めた。裕子はじゃあといった感じに、
「まずあの民宿にする? 何かずっとやってるよね、あそこの民宿」
と指差した先は『民宿黒田』だ。
甚太は「えーっ」て否定的な声を出してから、
「あんなチンケな民宿に立派な金庫無いだろ!」
裕子は少し呆れるように、
「いやいや立派じゃなくていいし、数ありゃいいんでしょ、数ありゃぁ」
と言うと、食べ終えたアイスを私のほうに向けて、
「ゴメン、真奈。アタシのゴミも一応入れといて」
一応入れといて、と言いつつ、裕子にゴミを返す機会は無いんだろうなと思いつつ、まあビニール袋にはまだ空きがあるからいいけども、と思い受け取って、裕子のゴミもビニール袋に入れて、しばってからバッグに入れた。
というわけで、私たちは民宿黒田のほうへ前進していき着いた。裕子は自転車を”そこはさすがに邪魔だろ”的な民宿の真ん前に置いて、まあ三人で突撃することにした。
すると、民宿の店主・黒田さん(多分黒田でしょ、苗字でしょ)が顔を出して、
「なんだい?」
と。そこから主に甚太が流暢に説明すると、黒田さんはこう言った。
「うちには金庫が確かにあるけども、あれはどんな鍵でも開く金庫だよ」
「……どんな鍵でも開く金庫?」
アホそうな声で三人で合唱した。
黒田さんは続ける。
「そうそう、どんな鍵でも開いちゃう金庫なんだ。ほら、昔の東南アジアのバイクとかも、鍵が三種類しかなかったって言うでしょ」
それは知らんがなだし、でもそれとも違うでしょ、と思ったんだけども、甚太は黒田さんに促されるまま靴を脱ぎ、まあ何か記事を書かないといけないことは事実なので、私と裕子は顔を見合わせて、小首を傾げてから、玄関に上がらせてもらった。
「この金庫だよ」
黒田さんが見せてくれた金庫は入口のすぐ横にあり、その金庫はとても古ぼけた金庫で、歴史だけはありそうだった。でも防犯の観点から言うと、こんな入口近くに金庫ってだいぶおかしくない?
甚太は黒田さんに何も言わずに、金庫の前で中腰になり、素手でそのまま開けようとして、すごい不躾だなと思って見ていると、甚太が、
「開かないっすね」
と言うと、黒田さんが、
「そりゃ鍵が無いと開かないよ」
すると裕子が金庫の前にしゃがんでから、
「じゃあアタシの自転車の鍵で開けようとしていいですか?」
私はアクティブだなぁ、と思って見ていると、黒田さんが、
「あぁ、勿論いいよ」
と答えて、裕子はポケットから自転車の鍵を取り出して、金庫の鍵穴に入れると、
「ガチャっていった」
と裕子が呟いた。
どうやら本当に金庫が開きそうで、裕子は片手で重そうな厚い扉を軽々開けると、なんと中は空洞というか、古い金庫にありがちな、中が棚のように仕切られていることも無く、私がテレビ東京で見た開かずの金庫企画の金庫とは違うなぁ、と思った。
甚太は「あー、開いたー」とバカっぽく言った。
私は上のほうの空洞を見てからは、なんとなく裕子の顔を見ていたんだけども、裕子の面持ちが急変した。
曇ったというか苛立ったというか、目が鋭くなり、裕子が金庫の中に手を伸ばすと、なんと中から自転車競技用のヘルメットを取り出したのだ。
でもそのヘルメットはどこかで見たようなカラーリングで、と思ったところで裕子が声を荒らげた。
「黒田さん! アンタがアタシのヘルメット盗んだんだなぁ!」
そう言って黒田さんのほうを見ると、黒田さんが、
「いや僕は臼田だけども」
民宿黒田の店主、黒田じゃないんかい。分かりづらっ。
黒田さん改め臼田さんは小首を傾げながら、
「でも僕は知らないよ、そんなヘルメット」
「でも金庫から出てきたじゃないですか!」
と本気でキレている裕子は立ち上がった。
裕子は続ける。
「だってこれアタシが無くしたヘルメットですもん! カラーリングがそのものですもん! 闇に同化するこのカラーリングは絶対アタシのもんですもん!」
普段”ですもん”なんて口調で喋らないくせに、気が動転して変な語尾になっているらしい。
臼田さんは困惑した面持ちで目が泳いでいる。
裕子は怒鳴り声を上げ続けるなか、甚太が、
「じゃあ俺もやってみようかな、俺の鍵でも開くのかなって」
と一旦金庫を締めてから、手で開かないことを確認し、ボディバッグから鍵を取り出した。
私は甚太へ、
「それ何の鍵?」
「へそくりの引き出しの鍵」
コイツ、中学生にしてもうへそくりやってんのかよ、大人だな、と思いながら、甚太の様子を見ていると「開いた、ガチャっていった」と裕子と同じようなこと言いながら開けると、なんと!
「千円札入ってるぅぅうううううううう!」
甚太がデカい声を上げながら、金庫の中のお金に飛びついた。
いや、
「金庫の中にお金が入っていたら、それは完全に臼田さんのヤツなんだよ」
と私が言うと、裕子が「え?」と言いながら振り返り、甚太が握っている千円札をまじまじと見ると、
「そんなん入っていなかったよ」
とポツリと呟いた。
臼田さんは後ろ頭を掻きながら、
「この金庫はね、開けた鍵によって入っているモノが変わるんだよ」
と言うと、裕子が即座に、
「そう言ってよ!」
と叫んだわけだけども、臼田さんは、
「そう言わせてもらえる隙が無かったじゃないか」
と言って、裕子は黙った。
ふと、甚太が、
「これ何度も繰り返して出来るのかな?」
と言いながら金庫を締めて、また甚太は自分の鍵で開けると……!
「うぉおぉおおおおおおおおおお! また千円札出てきた!」
そう、さっきので絶対カラになったはずなのに、また千円札が出てきたのだ!
裕子は興奮しているような顔と声で、
「甚太! もっとやろう!」
と言って、甚太は甚太で、
「ずっとやるぜ!」
と言って、また金庫を閉じた。
裕子、さっきまであらぶっていたんだから臼田さんに謝罪しなよ、と思いつつも、それよりも、と思い、私は二人には黙って一旦家へ戻ることにした。
私は走って家に戻り、兄貴の部屋へ一目散に入り、兄貴が大事にしていた鍵を兄貴の部屋から持ち去った。
兄貴は私が小学一年生の時に失踪しているので、部屋には入りたい放題。
この鍵を見ると胸が詰まる。
何故なら、この鍵の、いいや私のせいで兄貴はいなくなってしまったから。
私がこの鍵が何の鍵か兄貴にしつこく聞いたせいで喧嘩になり、多分兄貴は面倒クサくなって、家を出て行った。
でも私も両親も晩御飯になったら帰ってくると思っていたが、結局兄貴はそのまま二度と私たちの目の前には現れなかった。
失踪人届も出したけども、見つかることは無くて。
当時の両親は『思い出は瞳に焼きつけろ』派で、一切兄貴の写真が無かったことも見つからなかった原因だとネットで書かれた。
なんなら両親は虐待していたから、子供の写真が全然無かったんだというようなことをたくさんネットニュースとかにも書かれた。
両親は相当荒れたし、今もまだ引きずっている感じがする。
でも、でもだ、この鍵があれば、この鍵であの金庫を開ければ、きっと兄貴の手掛かりが見つかるはず、何かそんな気がするんだ。
私はその鍵をしっかり握って、民宿黒田に戻ってきた。
すると、裕子と甚太はゲヒゲヒと笑い合っていて、私を見るなり甚太が、
「どこ行ってた? 待ってたぞ、金出し切ったからこれで豪遊しようぜ」
甚太が自分のボディバッグの中を私に見せると、雑に千円札が大量に入っていた。
私は臼田さんへ、
「私も鍵を持ってきたんで、いいですか?」
と言うと、臼田さんよりも先に甚太が、
「おうおう! 金の鍵かぁっ? 俺はお金を出し切ったぜ!」
と下品な言葉を叫んだため、無視することにした。
私は金庫の前でしゃがんで、開いていた金庫を改めて閉じてから、私のこの鍵で開けた。
すると、なんと、金庫の中からは……!
「ん? 真奈か? えらい老けたな、ジジイの趣味みたいなもんができたのか?」
「うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私はそのまま腰を抜かすように、尻もちをついた。
裕子も私とユニゾンするように大きな声を荒らげて、多分ボディバッグに詰めたお金を眺めていて、唯一こっちを見ていなかっただろう甚太が時間差で叫び声を上げた。
中から出てきた私の”兄貴”は笑いながら、
「何、大勢でデカい声を出して耳障りだな。女はまだしも男のほうもさ。情けないなぁ、こういう男はさ」
こういうアップデート出来ていない感じ、間違いない、これは私の兄貴だ。
でも、姿かたちは本当にあの頃のまま、小学三年生のままの、そう”失踪した日のままの兄貴”だった……!