金庫の中の兄貴

【03 私の兄貴、将斗(まさと)】

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・【03 私の兄貴、将斗(まさと)】
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 甚太は目を真ん丸に……否、もう白目を剥いているような状態で、
「だ! 誰だぁぁああああああああああああああああ!」
 どう見ても私の兄貴である”ソレ”は、悪態をつきながら、
「あん? 将斗だけども」
 と、ぶっきらぼうにそう言った。私は兄貴に対して、
「どうしたのっ? どういうことっ?」
 と質問すると、兄貴は舌打ちしてから、
「ウゼェ聞き方っ」
 とケラケラと笑った。いやもう兄貴が兄貴過ぎて、話が全然進まない。
 すると臼田さんが、
「人間が出るなんてこともあるんだねぇ、これはでも、君と知り合いなの?」
 と私と兄貴を交互に指差しながら言うと、即座に兄貴が、
「ジジイ、俺を指差すな」
 と臼田さんに飛びつくように一歩足を出して、その指差していた人差し指を手で払った。こういう傍若無人なところ、本当にあの頃のままだ。全く成長していない。というか失踪した日のままで。
 私は当然の疑問として、
「兄貴、何で成長していないの? というかずっと失踪していたけども、本当に何をしていたの?」
 臼田さんは目を丸くした。失踪という言葉を聞いたからだと思う。甚太はもう何が何やらといった感じであわあわと口を手で抑えた。そう言えば、裕子の声が聞こえないなと思って一瞬あたりを見渡すと、いなくなっていたので、多分逃げたんだと思う。裕子はバックレ癖があるから。
 兄貴は怒髪天な感じで、
「成長していないって何だよ! おれは日々最高になってるだろ!」
 私はどう説明すればいいか自信無いけども、
「えっと、その、精神性の話じゃなくて、普通に、なんというか、世界の時間は経過していて……」
 すると臼田さんが助け船を出すように、
「まずお兄さんは何年前に失踪して、つまり今は何年経っているということなのかな?」
 私は「はい!」と妙にデカい声が出てしまってから、
「私は今、中学一年生で、当時は私が小学一年生だったので、もう六年経っています! で! 兄貴は失踪した小学三年生のままで! どう見ても!」
 兄貴は斜め上のほうを見てから、
「え、おれ、失踪したまま成長していないとか、そんな意味分からんことなってるぅっ?」
 と言ったところで、何か場の空気が止まったみたいな感じがした。
 みんな沈黙しているなか、声を上げたのは甚太だった。
「変じゃない?」
 それはもう全員分かっているわけだが。でも確かに変は変。
 すると臼田さんが、
「駐在所の室井さんを呼びますかっ」
 と言うと、甚太が急に「ひゃっ!」と声を上げたと思ったら、
「俺! ちょっとさすがに分からんから帰る!」
 そのまま走って、逃げるようにいなくなってしまった。こういう時に一人でしないでくれという思いと、でもいても邪魔っぽいからいなくていいかとも思った。
 臼田さんが駐在所に電話して、早速室井さんを呼ぶみたいだ。
 とは言え、警察官である室井さんを呼んだとて、とも思うけども。
 とりあえず私は兄貴へ、
「警察官の室井さん覚えている? いつもウチと家族ぐるみの付き合いして頂いている」
 兄貴は舌をベーッと出してから、
「あのうるせぇガキだろ! 覚えているし! そもそも昨日も家の窓ガラス割ったこと! 叱られたばっかだわ!」
 そう言われて、ハッとした。
 そうだ、確かにあの失踪の前日、家の窓ガラスが割れていて、泥棒が入ったんじゃないか騒動があったんだった。
 結局それは兄貴が割っていたわけだけども、室井さんも現場にやって来ていて、窓の応急処置をしてくださっていた。
 もしかしたらこの兄貴、偽物の兄貴と思っていたけども、記憶も何か本物っぽい、というか私が今の今まで忘れていたことを言い当てた。
 そんなことを考えていると臼田さんが、
「室井さんはガキじゃないよ」
 と諭すように言ったんだけども、兄貴は矢継ぎ早に、
「いや! ガキだよ! ほぼ子供じゃん!」
 臼田さんは首を横に振り、
「少なくても、今はもう立派な巡査長だよ。年齢も二十五歳で、高卒から二十五歳で巡査長は早いほうなんだよ」
 兄貴は「へッ!」と鼻で笑ってから、
「意味分かんないこと言われても意味分かんねぇ!」
 まあ小学三年生のままの知識なら、警察の階級を言われても分からないか。そうこうしているうちに、すぐ室井さんが民宿黒田にやって来て、
「本当ですか! 臼田さん!」
 と言いながら、こっちへ顔を見せるなり、室井さんが、
「将斗くん! 何でそんな! どういうことですか!」
 と声を荒らげると、兄貴が大笑いしながら、
「何だよ! ちょっと老けただけで焦る感じは変わんねぇなぁ!」
 室井さんは私たち三人の顔を順繰りに見ていき、その順繰りルーレットは私で止まり、
「今、お母さんもすぐに来ますから」
 と言うと、私が声を出すよりも早く兄貴が、
「お母さん来るんだ! えっ? おれ、何か怒られるかな……」
 と急に先細りの声になり、失踪していたというか、ちょっと家出をしていた自覚はあるということなのか?
 私は兄貴へ、
「その、何か、負い目はあるの? 家出していた、みたいな」
 兄貴は溜息交じりに、
「でもそれは真奈がしつこかったからさぁ」
 と憂鬱そうに俯いたところで、多分私が手に持っている鍵を見たんだろう。
「いや! その鍵おれの! 勝手に持ってくんなよ!」
 と言って、私から奪うように、強引に鍵をかっさらって、その時に鍵の鉄が指を擦って痛かった。本当にそういうこと考えない。爪は無事で良かったと目視してから思った。
 その時だった。お母さんのバカデカい声が聞こえてきた。
「真奈! 将斗いるって本当っ?」
 兄貴は鍵を即座にポケットに入れると、両腕で頭を覆い、その場にしゃがみ込んだ。どうやら本当に叱られると思っているらしい。
 お母さんもこちらに顔を見せるなり、目をギョッとさせると、すぐさま瞳いっぱいに涙を溢れさせて、
「将斗! 将斗ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 と言って、しゃがんでいる兄貴に覆いかぶさるように抱き締めた。
 兄貴はゆっくりと両腕をだらんと下におろすと、
「怒って、ないの……?」
 と言うと、お母さんはめっちゃデカい声で、
「怒るはずないじゃない! 将斗が帰ってきてくれたんだから! 将斗ぉぉおおおおお! 将斗ぉぉおおおおお! もういなくならないでぇぇえええええええええ!」
 完全に涙声だった。私はこの不可解な状況に対して疑問のほうが大きかったけども、お母さんは何よりも嬉しいんだと分かった。
 兄貴は唸り声を上げてから、
「もう一旦離れて! ハズイよ! 重いし!」
 臼田さんはもらい泣きといった感じなんだけども、室井さんは深く思考しているような顔で、私と目が合うと、ゆっくりと頷いた。冷静そうで、そういう意味では私と同じな感じ。
 お母さんは兄貴から離れたわけだけども、当然ながらボロボロと涙をこぼしながら、
「お父さんにも伝えなきゃねぇ……」
 と言いながらスマホをイジリ始めた。まあメールアプリか電話か分かんないけども、メールアプリならと思い、
「お母さん、今どういう状況か分かっている?」
 と聞くと、お母さんは大声で、
「将斗が帰ってきてくれたのよぉぉおおおおおおおおおおおお!」
「でも成長していないじゃん、だからこそすぐにお母さんが兄貴を兄貴判定出来たと思うんだけども」
「でも! でも! 将斗が今! 目の前にいるのよぉぉおおおおおおおおお!」
 ダメだ、全然冷静に話が出来ていない。お母さんは電話にしたみたいで、お父さんに電話をし始めた。
「海斗! 将斗が帰ってきたのよぉぉおおおおおお! 本当に! 本当なの! いやおかしくなってない! おかしくなってない! 悪ふざけじゃない! 家族ユーチューバー始めない! 家族ユーチューバー始めていない! 最初のドッキリじゃない! 真奈にも代わるから! 真奈! 説得して!」
 多分、どう言っても家族ユーチューバーの初回ドッキリに思うでしょ、と思いつつも、スマホを受け取って、
「お父さん、本当に兄貴が目の前にいるんだけども、でもあの頃の、小学三年生のままで」
「何だその意味不明なドッキリ! せめて青年のエキストラを呼びなさい! 小学生で安く済ますな!」
 エキストラって小学生のほうが安いのかな? むしろ扱いづらくて小学生のエキストラのほうが高そうだけども。
 すると兄貴が私からスマホを奪って、
「おれ、いるよ! お父さん! おれ、今いるって!」
 と言った刹那、急に怒号が聞こえた。
「その声はぁぁああああああああああああああああああああああああ!」
「うるさっ」
 反射で兄貴はそう言って、耳からスマホを離して、
「うるせぇから返す」
 と言って、私にスマホを渡してきた。
 受け取ってまた、
「お父さん、そういうことなんだけども今、仕事中でしょ」
「帰る! 今から帰るんだよ! 俺は!」
 と言ったところでスマホの通話は切れた。スマホをスピーカー状態にしていなくても全員に聞こえたみたいで、室井さんが、
「とりあえず家に行きましょうか。今、僕は自転車で来たので、一旦戻ってパトカー乗ってきます。安全にパトカーに乗って浅田さんの家へ行きましょう。待っててください。動かないでくださいね」
 と言うと、室井さんはその場を去った。
 すると兄貴が、
「パトカー乗れんのかよー! ちったぁ気が利くようになったなぁ! あのガキも!」
 と言ったところで、お母さんが少し叱るように、
「室井さんのことガキって言うんじゃありませんっ」
 兄貴は「へーい」と返事をした。
 お母さんは涙も収まって、ずっとニコニコしているし、まるで鏡のように臼田さんも微笑ましいという面持ちをしているんだけども、私は正直違和感のほうが強くて。
 何で金庫の中から出てきたの? 今までどこにいたの? 何で姿かたちがあの頃のままなの? ちゃんと自分の中で反芻したら、疑問は意外と三つしかなかったけども、クソデカな三つだからね。
 改めて、この三つの質問を投げかけてみるか。
「何で兄貴は金庫の中から出てきたの?」
 兄貴はあっけらかんと、
「別に。気付いたらそうなっていた」
「じゃあ金庫の前はどこにいたの?」
「普通に家じゃね?」
 家にいた? 家ってつまり自宅ということかな?
「それは自宅ということ?」
「家は普通に家だろ、変なこと言うなよ」
「いやそもそも変な状況でっ、そこには私やお母さんやお父さんがいた?」
「家なんだからいるだろ」
 いやでも兄貴って失踪していたんだから、家にいるわけはないのに。いやそもそも時系列がおかしいか。そう時系列。
「何で兄貴は当時のままの姿なの?」
「当時のままって何? というか真奈が急に老けたんだろ」
「だから既に六年間経過していて、兄貴は本当にどこにいたの?」
「家だって!」
 と言いながら私の肩を押してきた兄貴。暴力性はあの頃のままなわけだけども、なんせ腕力も変わっていないので、昔は吹き飛ばされた私だが、今は全然立っていられる。お母さんは慈しみの笑顔で、
「まあまあ」
 と言うだけで、この状況に何の疑問も持っていないの? 何だかお母さんは脳内がバグってしまっているような気がする。本来いないはずの兄貴がこの場にいて、嬉しくて正常な判断が出来なくなっているような。
 そうこうしているうちに、室井さんがパトカーで民宿黒田に戻ってきて、一緒にパトカーに乗り込んだ。
 兄貴はウキウキと、
「パトカーに乗ってんぜ! 赤いランプ鳴らして猛スピードで飛ばせよ! 室井!」
 あまりにも反応が子供過ぎる。まあ当時の兄貴そのままなので、解釈通りではあるけども。
 室井さんは一切無視して、法定速度を遵守している。当たり前だけども。
 兄貴はすぐに助手席に飛び乗ったので、私はお母さんと後部座席に座っている。お母さんはサイドミラーに写る兄貴を微笑ましく眺めている。
 こっちのことは一切見ないで、何だか本当に兄貴に釘付けで、まるで私なんていないみたいだ。
 家に着き、室井さんも一緒にパトカーから降りたんだけども、室井さんに挨拶をしたのは私だけだった。お母さんは兄貴と手を繋ごうとしては断られるみたいな行動をやり合っているだけ。
「室井さん、何かありましたらまたよろしくお願いします」
 と頭を下げると、室井さんは、
「とにかく特殊な状況だからね、何かあったら僕に連絡してください。必ず駆けつけますよ」
 と頼もしい。するとずっと握ろうとしてくる手を払うという行為を繰り返していた兄貴が急にこっちを向いて、
「おい室井! 真奈のこと好きなんかー!」
 なんてガキ過ぎるイジリ、というか、と私が言う前に、室井さんが、
「僕はもう妻がいるので。勿論市民の方々のことは大切に思っていますよ」
 兄貴はピョンと飛び跳ねてから、
「室井に奥さんいんのぉーっ! どうせブスだろ! ブス嫁!」
 お母さんはそれに対しても「まあまあ」と言うだけで、全然しっかり叱ろうとしない。その時だった。なんと鍵が閉まっていると思われた玄関の扉が開き、そこにはもうお父さんがいて、どうやら爆速で帰ってきたらしい。
「将斗! 元気だったか!」
 そう言ってお父さんは兄貴を抱き締めると、兄貴は嫌そうに、
「何か老けたー!」
 と叫んだ。お母さんは兄貴をお父さんごと抱き締めて、まるで三人家族のような塊になり、何だか疎外感を抱いた。
 室井さんは改めてといった感じに、小声で、
「冷静なのは真奈ちゃんだけですから、ちゃんとみんなのことを見ていてほしいんです」
「分かりました」
 と私も小声で返事をすると、室井さんはニコッと微笑んでから、パトカーにまた乗り込み、駐在所に戻って行った。
 兄貴は観念したのか、右手は父親、左手は母親が手を繋ぎ、一緒に家の中へ入っていって、完全に私は無視だ。それとも私が自らお父さんとお母さんのどちらかの手を握りにいったほうが良かったのだろうか。
 居間のソファーにみんなで座ったところで、とりあえず私が金庫の鍵についての説明をし始めた。一応フルバージョン話したほうがいいと思って、裕子や甚太のくだりも喋ってから、満を持して兄貴のパートを話した。
 両親は兄貴のパートだけ前のめりで聞いていて、まあそれは別にいいけども。金庫のくだりという過去篇は終わり、じゃあこれからこの兄貴は本当に何なのかという話をし始めようとしたところで、お父さんが、
「将斗! 外にいて疲れただろ! 銭湯行くか!」
 私は金庫のくだりしか話していないので、お父さんは兄貴が”家にいた”と言っていたことはまだ知らないので、そりゃまあそう思うか、と思った。
 兄貴は首を横にブンブン振って、
「いいよ! おれは風呂嫌いだし!」
「いやいや銭湯行って、パァッと湯船に浸かるのも気持ち良いぞ!」
 私は口を挟むことにした。
「ほら、兄貴って金庫の中にいる前は家にいたんでしょ?」
「そうそう! おれは外にいたわけじゃないから!」
 お父さんは一瞬言葉が詰まったんだけども、すぐに、
「いやでも銭湯はいいぞ! デカいお風呂なんて久々だろ!」
「というか行ったことないし、風呂は元々嫌いだし、オヤジも母さんもそういうところに連れてってくれる家族じゃなかったじゃん」
 そうだ、私の両親はとにかく子供がメインになるイベントには連れて行かず、家族旅行には年一で行っていたけども、子供しか喜ばないことに対しては本当にお金を掛けない家庭で、みんな遊園地や動物園に行ったことがあるというのに、私は学校の行事でしか行ったことがない。兄貴に至っては、まだ小学三年生なので、遠出の課外授業の年齢じゃないはずだ。
 するとお父さんは目をニッコリと細めながら、
「これからいろんなところに連れていくぞ! その手始めが銭湯だ! 銭湯は普通のお風呂じゃないぞ! 薄着のお姉ちゃんも練り歩いているぞー!」
 うわっ、こういう性的なヤツ苦手だわぁ。お母さんのほうをバッと見ると、それでも微笑ましそうにしている。
 兄貴はう~んと唸ってから、
「じゃあまあ風呂は本当に嫌いだけども、行ってやるかぁ」
 と言い、お母さんはすぐに立ち上がって、お風呂セットの準備をし始めた。うちの家は兄貴が失踪以来、兄貴の部屋のモノなどは一切片付けず置いてあるので、当時のままの兄貴なんてまさにおあつらえ向きで、簡単に用意出来た。
 お父さんと兄貴は一緒に銭湯へ出掛けて行った。でも何でお父さんはそこまで銭湯に? と思ったので、
「お父さんは何であんな頑なに兄貴と銭湯へ行きたかったのかな?」
 するとお母さんは少し呆れるような溜息交じりに、まるでそんなことも分かんないなんてみたいな感じで、
「将斗がどこかケガしていないか見るためよぉっ」
 なるほど、お母さんの私への冷たさはかなり嫌だったけども、これはちゃんとした理由だ。というか両親はツーカーで分かるみたいだ。これが人の親ということなのだろうか。
 お母さんはフーンと息をついてから、
「じゃあわたしは、将斗のために豪華なディナーを作らないといけないから、スーパーへ行ってくるわ。真奈は夏休みの宿題ちゃんとやってなさいよ」
 と言って、ほとんど私のほうを見ずに、そのまま外に出掛けてしまった。
 私は今までずっと一人っ子のように可愛がられてきたのに、まさかこんな部外者みたいな扱いを受けてしまうなんて。
 何だかやるせなさを感じつつも、これからのことを私がしっかり考えないといけないと思い、室井さんのいる駐在所に歩いて向かった。
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