金庫の中の兄貴

【05 兄貴の鍵】

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・【05 兄貴の鍵】
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 次の日、庭の倉庫から大きな段ボールを持ってきた兄貴が、お母さんの健康サンダルから靴に履き替えながら、
「おい! 真奈! 行くぞ!」
 と全然何が何なのか説明しないまま、そう言って外に出ようとしたので、私は廊下から見つつも無視していると、
「おい! 真奈! おれらがやるしかないんだぞ!」
 と言ってきたので、私は溜息交じりに、
「何すんの?」
「課外授業だ!」
 みたいな感じで全然要領得ない。さすがにお父さんは今日仕事へ行き、お母さんはちょうどスーパーに出掛けたところ。
 お母さんから耳にたこが出来るくらい、兄貴のお守りをよろしくと言われたので、兄貴がどこかに行こうとする以上、私はついていくしかない。
 兄貴は段ボールを持ちながら、外を歩き出した。
 私はしっかり家の鍵を閉めていると、兄貴は門から出て二、三歩したところで、
「おい! あそこはどこだ!」
「あそこってどこ」
「金庫の場所! 鍵開けるヤツ!」
 金庫……何で兄貴が金庫の内容を知ってるんだっけ、と思ったら、私が両親に金庫の説明した時、フルバージョンで喋って、裕子と甚太のフリの部分も兄貴の前で話したんだった。
 私はいぶかしげに、
「何の鍵?」
「めっちゃ良い鍵!」
 と言って答えようとしない。まあ何か、お父さんの趣味の記念硬貨が入っている箱の鍵とかだろと思いつつ、私は金庫の場所、つまり民宿黒田への道のりを教えることにした。
 兄貴の歩幅は私よりも狭い。それなのに一生懸命私の前を歩こうとする。道のりを知っているわけでもないのに。そうやって自分が兄貴という感覚はずっと持っているんだなぁ。
 民宿黒田の看板が見えると、兄貴が「汚ねぇ看板」と言って笑った。今の時代、趣があるって言うんだよ。ちょっと古いんだよな、感覚が六年前というか。
 玄関を勝手に開けて無言で入っていった兄貴、いや、
「臼田さん呼ばないと」
「いいんだよ、おれたち子供だし」
「私はもう中学生だから倫理観たっぷりだよ」
「訳分かんないこと言ってないで、金庫開けるぞっ」
 倫理観という言葉は分からないようだ。
 兄貴は私に段ボールを持たせるようにこっちへ向けてきたので、つい持ったんだけども、そう言えば、
「この段ボール何? 記念硬貨とかは多分こんな小型犬ほど出ないよ」
「小型犬じゃなくて、もうちょい大きいのも入るだろ、出るというか」
 金庫の前でしゃがみ込んだ兄貴はポケットの中から出した鍵を握ったんだけども、その鍵は何だか、腐食が進んでいるような重厚な鍵で、お父さんの趣味の記念硬貨が入った箱の鍵感が無くて、私は焦って、
「何の鍵!」
 と言いながら、段ボールを後ろに放り投げたところで、兄貴は笑いながら、
「動物園でパクってきた!」
 それはダメでしょ! 何か動物出てきたらどうすんのっ! もしかすると飼うつもりぃっ? いやぁあああ!
「待って!」
 という私の言葉で止まるわけもなく、兄貴は金庫を開けると、なんと中から! 大量のリンゴが出てきたのだ!
「リンゴぉぉおおおおおおおおおおおおおおぉっ?」
 私と兄貴はユニゾンしたが、その後の反応は対照的だった。私はホッと一息つき、兄貴はしゃがんだまま地団駄のような動きをした。
 そのリンゴは光沢が美しくて大きさもあり、カットしていないのに甘い香りがするような、高級そうなリンゴだった。
 兄貴はう~んと唸ってから「いいや! これ売る!」と言って、段ボールにリンゴを詰め込み始めた。
 まあ確かに金庫に入れっぱなしにしていたら腐ってしまうから、合っているんだろうけども、段ボールにパンパンにリンゴを詰めると、兄貴は一人じゃ持てなくなり、
「真奈、一緒に持って外に出て売るぞ!」
 と言って、何でそんな世話をしなきゃいけないんだと思ったけども、お母さんからも言われているので、仕方なく付き合うことにした。
 リンゴは水気たっぷりの新鮮なリンゴのようで、しっかり重い。なんとか民宿黒田の外まで運び出したけども、そんな長い距離を歩けそうには無い。
 というわけで、民宿黒田の前でそのリンゴを売り始めたわけなんだけども、兄貴はお金の価値がまだよく分からないのか、あんなに良いリンゴを十円で売り始めた。
 例えば、駅前で、訳分からん軽トラックが高級なフルーツを低額で売っていたら、盗んできた商品を疑うだろうけども、子供が売っていると、価格も相まって「課外授業で、もらってきたリンゴなのね」みたいな感じになって、そのリンゴは飛ぶように売れた。
 あっという間に三百円くらい稼いだ兄貴は、私のほうを見ると、
「もう真奈ついてこなくていいから、おれは一人で冒険してくるから」
 と言うと、段ボールをその場に置いて、走ってどこかに向かい出した。私はとっさに段ボールを掴んだんだけども、兄貴はどんどん前へ走っていき、私はお母さんから言われていることを改めて思い出して、兄貴を尾行することにした。そもそもまた失踪されたら、お父さんがどんだけキレるか分からない。私がちゃんとやらないといけない。なんせ私が兄貴のお姉さんみたいなもんだから。
 兄貴は”もしかしたら私が追いかけてきているかも”という感覚はあるみたいだけども、後ろを振り返る回数が少なく、序盤に二回振り返ってからはもう左右を確認するだけになっていた。
 やっぱり知能がまず低いよなぁ、と思いつつ、追いかけていると、兄貴はなんと銭湯の中に入っていった。
 あんなにお風呂嫌いなのに、何で銭湯になんて……もしかすると、もらった十円玉は全部汚い色だったから、銭湯で洗いたいのかな? でも銭湯のような良い湯のところで十円玉を洗うなんてご法度だろう。それは止めないといけない。
 私は兄貴にバレないように、銭湯の中に入ると、兄貴がものすごくキョロキョロしていて、一瞬見つかりそうで危なかった。まさか銭湯に入ってから、あんな警戒しているような動きをするなんて。今までの振り返りの少なさは実は誘い水で、ここで私を捕まえる気だったのだろうか。
 でもなんとかバレず、でも兄貴はずっと挙動不審のように目を首を動かしている。というか十円玉を洗うなら、脱衣所に行ってからが勝負なのに。
 私は入口の売店スペースにある、牛乳瓶の冷蔵庫に身を隠して、かつ、その冷蔵庫の透明さを利用して、そこから兄貴の様子を伺っていると、なんと私が隠れている女風呂側に歩いて行き始めて、内心”危なっ!”と思っていると、なんとそのまま女風呂に入ろうとしたのだ!
 えっ! と思ったところで、番台のおばさんに、
「そこのガキ! そっちは女風呂だ!」
 と叫ばれると、兄貴は堂々と、
「おれはまだ幼稚園児です」
 と、なんと未就学児のフリして女風呂に入ろうとしていたのだ! 最悪過ぎる!
 昨日、お父さんから入れ知恵というか冗談でそんな話をしたのだろうか、兄貴は自信満々に続ける。
「まだ幼稚園児なので、女風呂でいいよな?」
 番台さんは呆れながら、番台から出てきて、
「ガキは明らかに小学生だし、そういう時は保護者のお母さんが一緒前提なんだよ。こんなヤツ久々だよ」
 兄貴はムッとしながら、
「お母さんはもう入っているんだ」
 と嘘をついていて、本当に気持ち悪い。さすがにと思って、私も口を挟むことにした。
「ちょっと兄貴! 何してんだよ!」
 すると兄貴は一瞬ビックリしたように目を丸くしたけども、すぐに、
「お母さん!」
「誰がお母さんだ! 兄貴は兄貴だし、私は中学一年生だし!」
 番台さんは若干混乱しているようで、実際変なことは確かに言った自覚があるので、ペコリと頭を下げておくと、番台さんが、
「こんな女の敵がいるなんてね、アンタ、このガキに女風呂の入り方、そそのかしたんだろ!」
 と、なんと明らかに番台さんが私のほうを見ながら怒り出して、訳が分からない。
 番台さんは私を指差しながら、
「アンタのような女がいるからこの世はおかしくなるんだ! 二人目を送り込んでくるなんてな!」
「二人目って何ですか! 一切意味が分かりません!」
「六年ぶり二回目、甲子園にて公立高校奇跡の世代再びってか!」
「そんな! あの頃の生徒がコーチになって戻ってきてみたいなこと言われても分かんないです!」
「昨日の男子! アイツは六年前に未就学児を装って女風呂に入ろうとしたんだよ!」
「えぇっ! 甚太ってそんなことしていたんですか!」
「そう甚太! そんな名前だった!」
「それ私関与していないです! 本当です! そんなそそのかしする女子なんてこの世にいませんよ!」
「でもコイツもそうだろうがぁっ!」
 と言って兄貴を指差した番台さん。
 すると兄貴はヘラッと笑ってから、
「お母さんに言われた通りしました」
 と言いやがって、絶対おかしいこと言ってるのに、もう番台さんはカンカンで、
「オマエもオマエも二度とこの銭湯に来るな!」
 と怒鳴り声を上げられてしまい、私は逃げるように退散しようと前に一歩踏み出して、あぁでも、と後ろの兄貴を振り返って確認すると、なんと兄貴がダッシュで女風呂に走り出して、強行突破しようとしたのだ。
 番台さんは目を丸くして呆然としてしまったんだけども、私は踵を返して飛びつくように、まるで公立高校気迫の守備って感じに飛びついて、なんとか兄貴のズボンに手を掛けて、兄貴はそのまま前のめりに転んだ。
 それを見ていた番台さんは、
「そうか、じゃあ違うのか、すまなかった、でもお姉ちゃん、ちゃんと弟の教育するんだよ、お姉ちゃんはまたいつか来なさい、その時に牛乳サービスするから」
 そう言って一礼してくれた。
 私はさすがに観念しただろうと思い、立ち上がって、倒れている兄貴に手を差し伸べながら、
「もう帰るよ」
 と番台さんをこれ以上混乱させないために、兄貴とも言わず、言うと、兄貴は、
「うるせぇ! 真奈のくせに!」
 と言いながら、なんと私のズボンをおろしたと思ったら、即座にまた女風呂のほうに向かって走り出し、私は自分のズボンが下がっているということを一瞬で忘れて、そのまま追いかけようとして、足がズボンに引っ掛かって転んでしまった。
 番台さんは急いで番台のほうに戻って、電話をし始めた。そんな悠長なと思っていると、電話を終えた番台さんが、
「今の時間帯は湯も張っていないから、誰もいないんだ。ほらお姉ちゃんズボン履いて、ヤツが戻って来たところを二人で捕まえるよ!」
 そういうことだったのか。私はズボンを履いて、番台さんもまた女風呂の前に戻ってきて、構えているわけだけども、全然兄貴が戻ってくる気配が無い。
 私と番台さんは後ろを振り返ってから、無言でアイコンタクトをし、女風呂の中に入っていった。きっと兄貴はどこかに隠れている。そう思って隈なく女風呂を探しているその時だった。
「バカめ! もうこっちだよ!」
 いつの間にか女風呂の出入り口に立っていた兄貴がこっちへ向かって、あっかんべーしていた。
 兄貴はニヤニヤしながら、女風呂から出ようとしたその時だった。
「バカはオマエだ! 将斗!」
 女風呂の外で待機していた室井さんが兄貴を羽交い絞めにしてくれた。あの後ろを振り返った時に、既に室井さんはいて、室井さんは人差し指でシーっとやって、自分がいることを兄貴に悟られないようにし、あえて私と番台さん二人で中に入ったのだ。
 そして油断して兄貴が女風呂から出たところで、待ち構えていた室井さんが捕まえたというわけだ。
 室井さんは兄貴へ、
「本当にクソガキのままだな! オマエは小学三年生だけども一年生の時の武田さんとこよりもバカだな! 湯も張っていない時間帯に! 女性と一緒に入っていこうとするわけでもなく!」
 武田さん、って……やっぱり甚太のことだ。
 私は確認を込めて、
「武田さんって甚太のこと?」
 と室井さんに聞くと、室井さんは兄貴の手首を紐で縛りながら、
「そう、武田甚太くんだね、確か」
 私は今更ながら絶句してしまった。甚太って過去にそんなことしていたなんて……最低ではあるけども、まあ六年前か、小学一年生の頃とかかな? もしかしたらその時に軽く補導されて室井さんに会うのが気まずいとか? だから室井さんという言葉に過剰反応していた?
 一昨日は、まさか六年前のことを番台さんが覚えているとは思わず、銭湯に行ったんだろうなぁ。小学一年生と中学一年生じゃ姿も違うし。でも面影があって、甚太は銭湯出禁のままで。
 ダサい、ダサ過ぎる、せっかく昨日の動物園でちょっと甚太のこと優しいなと思ったのに……あぁ、千紗さんが言おうとした甚太の秘密みたいなの、このことか。
 何で私の周りにはダサい男子ばっかなんだろう、やっぱり私は室井さんと恋仲になりたいなぁ、無理だけども。
 室井さんは一息ついてから、
「パトカーで送ります」
 と言って、私は兄貴の腕を引っ張って、室井さんは手首を縛られている兄貴のために、ドアを開けると、ちょっと乱雑に後部座席に押し込み、手首の紐を外して、シートベルトを兄貴にさせた。
 ドアを閉めようとする兄貴よりも先に、室井さんがドアを強めに締めると、室井さんが、
「これくらい荒っぽくしないと分かんないだろうから。一旦駐在所に行って、しっかり叱ってから家に戻すことにしますが、真奈ちゃんもついてきて頂けるでしょうか」
「はい、勿論です。番台さんも申し訳御座いませんでした」
 番台さんは「はいはい」と言ってから、
「弟の教育しっかりね」
 私は一応「はい、分かりました」と答えておいた。室井さんは少し複雑そうな顔をしていた。
 助手席に乗り込み、室井さんの運転するパトカーに乗って、まずは駐在所へ行くことになった。
 室井さんは低い声で、
「これ、本当の逮捕だから」
 とバックミラー越しに兄貴に言った。兄貴はさすがに反省したのか、しょんぼりしている。実際は本当の逮捕じゃないことは中学一年生の私なら分かるけども、兄貴はそういう判別が出来なくて、ぐったりとうなだれていた。
 駐在所に着いて、交番スペースで兄貴は室井さんから大説教を喰らった。兄貴は黙って静かにしているが、聞いているようだった。
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