金庫の中の兄貴

【07 裕子と甚太】

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・【07 裕子と甚太】
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「裕子!」
 私が手を挙げて声を掛けると、一瞬ビックリした裕子が、
「え! あ! まだいんの!」
 と明らかに兄貴を見ながらそう言った。
 確かに”まだいんの”という反応は合ってはいるような気がする。化け物みたいなモンだからもう消えたと思っていても不思議じゃない。
 私は裕子に近付くと、裕子の犬が尻尾を振って私を歓迎してくれた。
 裕子は犬に向かって、
「本当! ワン太郎は真奈のこと好きだねぇ!」
 と快活に笑ったその時だった。
「甚太ってヤツは真奈のことが好きだってさぁ!」
 さっきまで浜辺でしゃがんでカニを観察していたのだろう兄貴が、急にドデカい声でそんなことを言ったのだ。
 私は焦りながらも、
「そんなん言わなくていいしぃっ!」
 と声を荒らげると、裕子の手綱を持つ手がすごい震えながら、
「な、なにそれ……じょ、冗談だ、だよね……」
 すると兄貴はニヤッと笑ってから、
「その女! 甚太のこと好きなんじゃねぇーっ? でも残念! 甚太は真奈のことが好きだからぁぁああ! あー! 三角関係ぃー!」
 私は兄貴と裕子を交互に見ながら、
「いやいや! 勝手に言ってるだけだからね!」
 裕子は私を鋭く睨みながら、
「それって、あの化け物が勝手に嘘を言っているということ? それとも甚太が真奈に対して勝手に告白を言い出したという意味?」
 その眼光は蛇よりも厳しくて、何だか嘘を言ったらのちに食われてしまうってくらいな感じで、目を逸らしてしまうと、兄貴が、
「正直に言ったほうがいいぞぉぉおお! もつれるぞぉぉおおおおお!」
 と煽ってきて、それに対して裕子も、
「正直に答えて! 甚太から告白されたのかどうかぁっ!」
 何で裕子もこんな必死なのか訳が分からない。
 でも嘘をつくことは出来そうにも無いので、私は正直に、
「あの、甚太からは、好きって、言われた、けども、友達として、だと思うしぃ……」
 兄貴が即座に、
「女としてに決まってんだろ! ありゃー!」
 女としてなんてキモい言い方すんなよ、と思いながら兄貴のほうを睨んだ私。
 でも裕子が実際それを聞いて、どうなるのかなと思っていながら、裕子のほうを向くと、なんと裕子は瞳いっぱいに涙を浮かべて、
「アタシのほうが甚太のこと好きなのに……」
 と言い出して、裕子って甚太のこと好きだったんだ! これはマズイ! と思った。
 でも兄貴は叫ぶことをやめず、
「付き合ってんだってさぁぁあああ!」
「付き合ってはいない! 告白されただけ!」
 裕子が恨めしそうに「告白はされたんだぁ」と言うと、急に「あぁっ!」と叫んだと思ったら、
「もういいよ! 真奈がそんなんだとは思わなかった! 真奈なんてもう知らない! 勝手にすればいいじゃん!」
 私は急にキレられて、どうしていいか分からず、おろおろしていると、
「喋らないなんて余裕があるね! 甚太と付き合えるから余裕があるんだね! アタシは一人相撲でカッコ悪い! ずっと見下していたんでしょ! というかずっと両想いだったんでしょ!」
 私は何か言わないと、と思って、
「両想いとかじゃないし……私はそもそもそんな目で甚太を見ていないし……」
「で! アタシは選ばれなくて! 面白いですね! とか思ってんの! 思ってんでしょ!」
「思ってないって……」
「もう真奈なんて大嫌い! その化け物に肩パンされればいいんだ! 二度とアタシの目の前に現れないで!」
 そう言って舌打ちすると、犬をぐっと引っ張って、その場を走り去った裕子。
 追いかけたかったけども、兄貴のお守りもしないといけないので、寸前で足は止まった。そのまま呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
 本当は友情のほうが大切なわけだから、追いかけないと絶対いけないのに、でも私は現状足が動かず、その場にいる。
 結局私も兄貴のことが心配なんだということに気付く。でもそれって当たり前じゃん、やっと再会出来た兄貴なんだし。
 嬉しいよ、毎日喧嘩をしていたような兄貴だけども、やっぱり生きていてくれたことが嬉しいと思ってしまう気持ちと、いやこの兄貴は化け物なんじゃないかなとか思って怖くなってしまう。
 もしこの兄貴が偽物の兄貴で、最終的に私たちの家族を食べてしまうような存在だったら、絶対私たち家族は悪霊になってしまうと思う。裕子の家はお寺なので、多分裕子に除霊されてしまうと思う。何か良く分からないけども、多分最悪だ。除霊しきれず変な壺に入れられてしまうかも。いやそれは裕子の家を舐めているか。
 いやいやそんなことどうでも良くて、まずは兄貴の様子を見なければ……て!
「いない!」
 私は裕子の後ろ姿の残像を見ながら、物思いにふけっていたせいで、兄貴を見失っていたのだ!
 兄貴が行きそうなところは一つ、民宿黒田だ! そうか! 兄貴は砂浜のカニで遊んでいたんじゃなくて鍵を探していたんだ! 昔っから砂浜のカニが好きだったから絶対カニだと思っていた! でも今はカニよりも鍵にお熱なのか!
 走って民宿黒田に踵を返した。走っている最中、そもそも裕子から甚太のことが好きだと相談されていたら、私のすぐ断らないソレにキレてもいいけども、そういう相談も無いのにキレ散らかすって意味分かんないよな、とか考えていた。
 どうも裕子は家が裕福なので、ワガママというか、キレ癖とかバックレ癖とかあるよね、とか、ちょっと悪口も浮かんだ。
 民宿黒田に着き、何度も何度も無断で入ってゴメンなさいと思いつつ、中に入ると、もう兄貴が金庫を開けていて、なんと大喜びしていた。
 私は財布でも出てきたのかなと思いつつ、金庫の中を覗くと、なんと、金庫という暗闇の中でも燦然と輝いて見える宝石が何個か入っていたのだ!
「何の鍵!」
 と私がデカい声を出してしまうと、兄貴は笑いながら、
「知らんし」
 と言いながら、その宝石というか財宝をポケットの中に詰め込んだ。
 兄貴は立ち上がり、
「こういうのって大人になってからじゃないと売れないんだろ?」
「まあそうだけども」
 と相槌だけ打つと、兄貴は、
「家帰って何買うか考えるわぁ」
 と言って、横道に逸れず、そのまま兄貴は家へ直帰した。
 私はさりげなく兄貴の部屋へ一緒に入って、兄貴は椅子に座り、即座にパソコンを立ち上げて、
「何買おうかなぁー」
 と独り言を言った兄貴は、ふと私の視線に気付き、
「いや自分の部屋に戻れよ、宝石は、やんないからな」
 と言われたので、まあ帰ることにした。
 どうやらネットサーフィンをして、何を買うか考えるようだった。多分。
 そこから兄貴は一切部屋から出て来ず、まあお守りもしなくていいから楽でいいけども、とは思った。
 それにしてもあの宝石は一体何なのだろうか、浜辺に漂着した鍵を回したら、ああなったということでしょ? 一体どういう意味のある鍵なのだろうか。
 お母さんも帰ってきて、兄貴の部屋をノックして、いるかどうかの確認をしていた。兄貴もちゃんと声を出して、いることを示していた。
 当然だけどもお母さんは私にはその行動をせず、そりゃまあどっかに勝手にいなくなる心配が無いという意味は分かっているはずなのに、何故かちょっと悲しい気分になってしまった。
 私のことだって構ってほしい、そんな言葉が出そうで、なんとかしまい込む。そりゃ兄貴が見つかったばっかりなんだから、そうなんだろうけども、本当に兄貴なのかなって、思ったりしないのかな。こっちはずっと一緒にいる本物の真奈なのにさ。
 その後は何事も無く、お母さんは今日も兄貴が好きなご飯を作り、兄貴は食べたい気分だったのか、腹いっぱいに平らげて、お母さんもニッコリ満点だった。
 お父さんは今日も兄貴のためにオモチャを買ってきて、遊んでいる姿をスマホの写真で撮影していて、嫌な気持ちになったので、また早めに自分の部屋へ戻った。
 子供の写真なんて『思い出は瞳に焼きつけろ』派で、一切撮らなかったのに、今日も今日とて、だ。
 せめて今の私の写真も撮るならまだしも、私はガン無視で本当に嫌になる。
 夜中になって、もう裕子からのLINEが一切届かなくなったことに気付く。あんなに毎日他愛も無いやり取りをしていたのに。その代わりといったら何だが、甚太からどうでもいい内容のLINEが届いていて、何だか複雑な気持ちになる。
 何だか喜怒哀楽がマーブル模様で、この甚太のせいで裕子と仲が悪くなってしまったんだよな、みたいな感じ。
 でもふと、兄貴の失踪を思い出すと、やっぱりこのまま裕子と仲が悪いままじゃ嫌なので、いつもは基本裕子からLINEが送られてくるパターンなんだけども、今日は私がメッセージを送信した。
『私、このまま仲違いは嫌だよ またいつも通り意味の無いメッセージを送り合おうよ』
 でも返信は勿論、既読もつかなかった。いつも私より夜遅くまで起きているらしいのに。
 こんなことですれ違って、もしどちらかに何かあったら、なんて、兄貴の事例があるからそう考えてしまうのは心配性なのだろうか。
 夏休みが開けたら同級生だから必ず顔を合わせるわけで。その時でいいのだろうか。いや良くない。少なくても私は良くないんだ。こんな恋愛という訳の分からないモノで、私と裕子の友情が砕け散っていいわけがないんだ。
 裕子からの既読がつかないか、ずっと起きてしまっていると、急に兄貴の部屋のほうからデカい叫び声が聞こえてきた。
 二階は私と兄貴の部屋しかなくて、両親の部屋は一階にある。もしかしたら両親は気付かないかもしれない。
 私は迷ったけども、兄貴に何かあったのかもと思い、おそるおそる兄貴の部屋の扉を開けると、そこにはなんと、天狗が兄貴の前に立っていたのだ! え! あ! 天狗ぅっ?
 天狗は私と兄貴に挟まれる形になったが、一切動じない。さすが天狗である。というかどうやって侵入したんだ。というか天狗ぅっ?
「天狗ぅっ?」
 つい私は声を出してしまった。天狗はコクンと頷き、
「オマエらが人間の場合、わたくしは天狗だろうな」
 と言った。日本語喋れるんだ。まあ日本の妖怪だし、そりゃそうか。
 兄貴は机の前のイスに座ったまま固まっていて、起動してあるパソコン画面を見ると、Amazonを見ていたみたいだ。
 天狗は咳払いをしてから、
「財宝を返せ。ここにあるのは分かっているんだ。何故ならGPSをつけているからな。どうやって盗んだかはその技術に免じて不問にしよう。だが財宝は返してもらう」
 天狗ってGPS使うんだ。そんなことを思うわけども、兄貴は何か渋っているみたいで、
「兄貴! 天狗だよ! 返さないといけないよ!」
 自分で言っていて、何で天狗だと返さないといけないのかは分からないけども、まあそう声を掛けるわけで。でも兄貴は斜め下を見て、首を小さく横に振っている。
「天狗だってば! もう!」
 と言って私は兄貴のほうへ近付くと、当然それは天狗に近付くことにもなるんだけども、天狗は余裕そうに私を目で追うだけで何もせず、私は兄貴の後ろに立ち、兄貴のことを腕で抑え込んだ。
「何するんだ! 真奈! どうしたんだ! 真奈ぁ!」
 急にじたばたし始めた兄貴。でも中学一年生のチカラのほうが強いので、当然抑えることが出来る。
「天狗さん! 私捕まえておくんで、部屋中探し回ってください!」
 天狗は小声で「なるほど」と言うと、あんまり急ぐ様子も無く、じっくり机の引き出しなどを探し始めた。一応暴れる兄貴を抑えるのに腕力を使っているわけだから、ちょっとは急いでほしいとは思う。
 どうやら机の一番下の引き出しの奥にあったみたいで、天狗はそれを取り出して、
「全部あるな」
 と確認すると、天狗は私を見ながら、
「お嬢さん、協力感謝します」
 と頭を下げてからいなくなった。私はこの時、天狗で良かったと思った。天狗は幾分紳士なイメージがあるので、本当に天狗で良かった。即暴れる妖怪とかだったら本当に危なかった。
 私は兄貴を抑え終えたわけだけども、まあこっから怒涛の激ギレが行なわれるだろうなぁ、面倒だなぁ、と思っていると、兄貴はイスを回して私の正面を向くと、急に泣き出して、
「真奈……大丈夫か……」
「え、泣くの?」
「泣いてねぇよ! でもまだ操られているかっ?」
「あれ操られていたんじゃなくて自発的だよ、兄貴が渋ると実力行使になりそうだったから、天狗が穏やかなうちに帰ってもらうために私が自ら兄貴を抑えたんだよ」
「そ、そうか……それは良かった……」
 そう唇を震わせて、手で目を覆って、泣き声で喋る兄貴。
 私が兄貴の涙を見たのはこれが初めてで、それこそ本当に違和感を抱いた。本当にこの兄貴は兄貴なのか? いいや兄貴なんて私が操られたぐらいで泣くようなタマじゃない。やっぱりこの兄貴は偽物の兄貴なんだ。
 なんというか、パラレルワールドから来た兄貴みたいなこと? ちょっとだけ家族思いの世界の兄貴が来たみたいな。
 そもそも天狗の財宝が金庫から出てきたってどういうこと? 元々どこかにあるモノが出てきているということなのかな?
 というと、もしかすると甚太がへそくりの引き出しの鍵で開けて、金庫から出てきたお金は、そのへそくりの引き出しに入っていたお金だったんじゃないか? だから、へそくりの引き出しの中のお金が無くなっていたって。
 そう言えば、動物園のゾウへのご褒美が盗まれたってニュースあったけども、あの盗まれた品は確か高級リンゴだったはず。兄貴が動物園から拾ってきた鍵って、その高級リンゴ格納庫の鍵だったってこと?
 私は居てもたっても居られず、兄貴にはもう寝てもらうことにして、その足でそのまま両親の部屋へ行った。階段をおりる時の音がうるさかったのか、両親は一回寝ていたが、起きたらしく、電灯はもうついていた。
 開口一番に、
「兄貴ってやっぱり本物の兄貴じゃないかも! 何か! パラレルワールドからきた兄貴かも!」
 お父さんとお母さんは顔を見合わせてから、お父さんが、
「じゃあ将斗で合ってるじゃないか」
「違うよ! 私たちの世界の兄貴じゃないんだよ! だから兄貴は兄貴じゃないんだよ!」
 お母さんは困惑する顔で、私とお父さんの顔を交互に見ている。
 お父さんはイライラするように、
「とにかく今、目の前に将斗がいるんだから余計なことを言うな!」
「自分の息子じゃないのにぃっ?」
「なんだと真奈! 将斗は将斗なんだよ!」
 と言いながらベッドから立つと、ちょっとよろけたお父さん。今日のお酒のアルコールがまだ残っているらしい。ふらふらしつつも、私の目の前に立ったお父さん。身長差によって威圧感がすごい。でも私は怯まず言うことにした。
「もっとちゃんと考えようよ! だって兄貴が小学三年生のままのはずないじゃん!」
「将斗は今! いるんだよ!」
「小学三年生のままの兄貴なんていないよ! もしかしたら化け物を育てているのかもしれないんだよ!」
 と私が声を荒らげたその時だった。お父さんは鋭い目つきになり、
「コンニャロ! 言うこと聞け!」
 そう言って私の頭にイカツいゲンコツを喰らわせてきたのだ! さっきのお父さん以上にフラフラしてしまう私。
 一瞬お母さんの悲鳴が聞こえたような気がするけども、私自身朦朧としていて、どっちかどうか分からない。
「コンニャロ! コンニャロ! コンニャロ! 将斗は将斗だ! 将斗は俺の息子だ!」
 ”コンニャロ”と言う度に私の頭にゲンコツを落とすお父さん。大げさかもだけど、このままじゃ私、死んじゃうと思って、私は走って玄関の外に飛び出した。私だってお父さんの娘なのに、私のことは殴るだけ殴って。
 さて、勢いで外に出てきたけども、これからどこに行こうか。お寺の裕子の家が一番良いんだろうけども、裕子とは喧嘩中だ。
 私が頼れるのはもう甚太しかいない。まあ甚太の家へ行けば、甚太のお姉ちゃんである千紗さんもいるし、私は甚太の家を目指した。
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