金庫の中の兄貴
【09 丁寧な口調】
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・【09 丁寧な口調】
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挨拶はそこそこに、近くの喫茶店で腰を据えて、話すことになった。
兄貴の隣に私は座って、お父さんが兄貴の目の前、お母さんが私の目の前の四人テーブル。
まずは兄貴が自分の生い立ちについて話した。
いつの間にか記憶喪失になっていたこと、今の両親に拾われて一緒に過ごしていること、とても優しくて高校にもちゃんと通わせてもらっていること。
そして、SNSに自分の子供の頃の写真が上がっていて、ビックリしたこと。向こうの家族は兄貴の、小学三年生の頃の写真を残していたらしい。
悩んだ末、兄貴は今の両親にSNSで書かれていることを伝えると、拾ってきた子だと教えてくれたって、神妙に、でも落ち着いた声で話してくれた。
あんな多動的な兄貴と同一人物とは考えられないほど、しっかりとした大人な人間だった。
次は私たちのターン、兄貴との日々を話し、思い出してもらおうとするが、どれもこれもピンとこない。さらにはたいしたイベントというか、娯楽施設に行ったことは皆無で、家族旅行には年一で行っていたけども、写真は無いし、たいした事件も起きなかったので、記憶に残りそうなエピソードがこちら側には無い。
兄貴からは、
「そうですか。日常過ぎて、例え記憶があっても覚えていないかもしれませんね」
と言われてしまい、お父さんは大層ショックを受けているようだった。
兄貴は今の両親を本当の両親とする覚悟を決めてきたみたいで、
「話は分かりましたが、記憶は戻りませんでしたので、僕はまた家族の元へ戻ろうと思っております」
と言い、でもお母さんは食い下がり、
「一回うちに来てくれませんか? それで記憶が戻るかもしれないから」
「いいえ、大丈夫です。なんせ僕の両親は今の両親しかありえないので。今の両親が正しいことをしたとは思いません。それでも僕の両親は今の両親しかいないんです」
「でも家に来てくださることくらいは可能ですよね?」
「いや、それは何だかちょっと……正直に申し上げますと、気味が悪いというか、本当にそうなのかなと思ってしまう部分もあって。両親に、今の両親に話を聞いたところ、拾ったことは事実ということらしいのですが、でもその、前の家族が本当に貴方方なのかという確証はどこにも無いですし」
お母さんはまだまだ食い下がるが、兄貴は断りの一辺倒。
私はそうだ、と思い、この”鍵”を見せることにした。
「兄貴、この鍵、見覚えが無いですか?」
この鍵は勿論”何の鍵か兄貴にしつこく聞いたせいで喧嘩になり、多分兄貴は面倒クサくなって、家を出て行った”時の鍵だ。
すると兄貴は急に無言になったと思ったら、
「貴方方の家へ行きましょうか」
と言い、お母さんはパァッと明るくなった。お父さんは反省しているようにずっと俯いていたんだけども、顔を上げた。
兄貴はまるで私のことが見えていないように、席から出ようとグイグイと迫ってきたので、すぐに私は立ち上がり、兄貴もすぐに立って、お母さんは伝票を持って急いで会計をし始めた。
お父さんが兄貴へ、
「将斗?」
と聞いたんだけども、それは無視して、ズンズンと駅へ向かって歩いて行く。さっきまで丁寧だけども、頑なに動かなかった兄貴とは本当に真逆だ。丁寧さが無くなり、よく動く。
私は兄貴を追いかけて、お父さんは会計をしているお母さんのことを外から覗いている。お母さんも会計を済ませ、慌てて出てきて、その流れで、兄貴・私・お父さん・お母さんと列になって歩道を歩き、また駅に向かっていく。
切符を買うと、すぐに電車が来て、兄貴は迷わず私たち側の電車に乗り、家へ向かって動き出した。
時折お母さんが、
「将斗、家に来てくれるんですねぇ」
と子への喋り方と敬語が混ざった気持ち悪い言葉で話し掛けるが、兄貴は完全に無視。
これが小学三年生の頃の兄貴なら即座に「無視するなよ!」と言えるけども、なんせ高校一年生の大人の兄貴なので何も言えない。お父さんも何も言えないでいる。
最寄りの駅に着くと、まるで兄貴は最寄りの駅を覚えているように真っ先に立ち上がり、私とお母さんは顔を見合わせて喜んだ。
でも兄貴は一切こちらを一瞥もせず、どんどん歩いて行く。ずっと手にあの鍵を持ちながら。
するとお父さんが、
「将斗! 車で来たから車に乗りましょう!」
と、さっきのお母さんのような変なイントネーションの台詞を言い、兄貴は無言で後部座席に座った。確かそこは家族でたまの外食へ行く時の定位置だった。
家に戻ると、兄貴は無言で颯爽と降りて、玄関の前で立ち止まった。この何もしないのに偉そうな感じがまさに兄貴のままで。まあ今は鍵も持っていないし、当たり前か。
急いでお母さんが玄関の鍵を開けると、兄貴はズカズカと入っていき、私はすぐさまついていって、兄貴は階段をのぼり、自分の部屋へ直行した。
お母さんとお父さんは嬉しそうに「将斗!」という声がユニゾンした。私は両親よりもまず兄貴だと思って兄貴について、部屋に入ると、兄貴は押し入れの戸を開けると、押し入れの上の段に一旦鍵を置いてから、当たり前のようにその上の段に足をかけたので、おいおいおいと思っていると、なんと屋根裏に手を掛けて、そこの扉を開けて、手を伸ばしたのだ。
お母さんもお父さんも兄貴の部屋に入って、兄貴の行動をじっと見ていると、兄貴の手にはなんと、小さな鍵付きの箱があって。
あんなところに鍵付きの箱を隠していたんだと目を丸くしていると、兄貴がその押し入れの上の段に置いた鍵でその鍵付きの箱を開けると、中からUSBメモリが出てきた。
それをパソコンに差し込んで、パソコンを立ち上げ、そのファイルをクリックすると、そこにはなんと、無いはずの、私やお父さんやお母さんの六年前の姿の写真が出てきたのだ!
机に向かってその写真を大画面にして眺めている兄貴は、肩をヒクつかせながら、涙声で喋り始めた。
「綺麗なお姉さん撮っているって嘘つきながら、家族の写真撮っていたんだよ。だってオヤジも母さんも写真好きじゃねぇんだもん、俺は家族の思い出を残したかったんだよ、ワリィかよ……」
そう言うと、パソコンの前でうつ伏せになって、むせび泣き始めた兄貴。
あぁ、口調があの頃の、乱暴な言葉に戻っていて、それに、それに、
「兄貴……記憶、戻ったの……?」
「忘れるわけねぇじゃん、でも忘れてた、ゴメンな、真奈、こんなに大切な妹なのに、あんなことでキレる兄でゴメンな、そのまま会えなくなるなんて思わなかったんだ、オヤジもゴメン、母さんもゴメン、俺戻りたいよ、この家で暮らしたいよ、ずっと探してくれていたんだろ? ゴメン、ゴメン、全部ナシ、元の両親に戻りたいなんてナシ、俺はここがいい、俺の家はずっとここなんだよ、ゴメン、本当にゴメンなさい……」
「兄貴! 謝らなくていいんだよ!」
「ゴメンなさい……」
正直、もう兄が何に対して謝っているのか分からなかったけども、気付いたら私もお母さんもお父さんも泣いていた。
また四人でやり直して、いっぱい思い出を作って、一緒に生きていこうと心に誓った。
兄貴はずっと家族思いだったんだ。だからきっと、天狗の時に私を心配した兄貴も本当の兄貴で。
でもちょっと違って感じたのは、多分パラレルワールドから当時の小学三年生の頃の兄貴が呼ばれてきていたみたいな感じなのかな。
そして今の兄貴がその小学三年生の頃の兄貴のことを自分と認識したことにより消えたみたいな、ドッペルゲンガー的な。
いやそんな理由付けはもはやどうでも良くて。
今、兄貴は高校転入の手続きなどで、忙しくしている。
でも帰ってくるのは必ずこの家に戻ってきて、もう向こうの家に行ったのは荷物を運び出したので最後となっている。
お母さんは毎日兄貴を車に乗せて、隣県のその”昔の家族”のところへ行くけども、お母さんはいつも楽しそうだ。
お父さんが臨時で仕事を休むこともまた無くなったけども、直帰するようになり、晩御飯は四人で食べている。
兄貴はまた丁寧な口調に戻ったけども、まだよそよそしくても当然かなと思っている。
少しずつ少しずつ、距離を埋めていけばいいと思っている。
だってずっと一緒にいるんだから!
(了)
・【09 丁寧な口調】
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挨拶はそこそこに、近くの喫茶店で腰を据えて、話すことになった。
兄貴の隣に私は座って、お父さんが兄貴の目の前、お母さんが私の目の前の四人テーブル。
まずは兄貴が自分の生い立ちについて話した。
いつの間にか記憶喪失になっていたこと、今の両親に拾われて一緒に過ごしていること、とても優しくて高校にもちゃんと通わせてもらっていること。
そして、SNSに自分の子供の頃の写真が上がっていて、ビックリしたこと。向こうの家族は兄貴の、小学三年生の頃の写真を残していたらしい。
悩んだ末、兄貴は今の両親にSNSで書かれていることを伝えると、拾ってきた子だと教えてくれたって、神妙に、でも落ち着いた声で話してくれた。
あんな多動的な兄貴と同一人物とは考えられないほど、しっかりとした大人な人間だった。
次は私たちのターン、兄貴との日々を話し、思い出してもらおうとするが、どれもこれもピンとこない。さらにはたいしたイベントというか、娯楽施設に行ったことは皆無で、家族旅行には年一で行っていたけども、写真は無いし、たいした事件も起きなかったので、記憶に残りそうなエピソードがこちら側には無い。
兄貴からは、
「そうですか。日常過ぎて、例え記憶があっても覚えていないかもしれませんね」
と言われてしまい、お父さんは大層ショックを受けているようだった。
兄貴は今の両親を本当の両親とする覚悟を決めてきたみたいで、
「話は分かりましたが、記憶は戻りませんでしたので、僕はまた家族の元へ戻ろうと思っております」
と言い、でもお母さんは食い下がり、
「一回うちに来てくれませんか? それで記憶が戻るかもしれないから」
「いいえ、大丈夫です。なんせ僕の両親は今の両親しかありえないので。今の両親が正しいことをしたとは思いません。それでも僕の両親は今の両親しかいないんです」
「でも家に来てくださることくらいは可能ですよね?」
「いや、それは何だかちょっと……正直に申し上げますと、気味が悪いというか、本当にそうなのかなと思ってしまう部分もあって。両親に、今の両親に話を聞いたところ、拾ったことは事実ということらしいのですが、でもその、前の家族が本当に貴方方なのかという確証はどこにも無いですし」
お母さんはまだまだ食い下がるが、兄貴は断りの一辺倒。
私はそうだ、と思い、この”鍵”を見せることにした。
「兄貴、この鍵、見覚えが無いですか?」
この鍵は勿論”何の鍵か兄貴にしつこく聞いたせいで喧嘩になり、多分兄貴は面倒クサくなって、家を出て行った”時の鍵だ。
すると兄貴は急に無言になったと思ったら、
「貴方方の家へ行きましょうか」
と言い、お母さんはパァッと明るくなった。お父さんは反省しているようにずっと俯いていたんだけども、顔を上げた。
兄貴はまるで私のことが見えていないように、席から出ようとグイグイと迫ってきたので、すぐに私は立ち上がり、兄貴もすぐに立って、お母さんは伝票を持って急いで会計をし始めた。
お父さんが兄貴へ、
「将斗?」
と聞いたんだけども、それは無視して、ズンズンと駅へ向かって歩いて行く。さっきまで丁寧だけども、頑なに動かなかった兄貴とは本当に真逆だ。丁寧さが無くなり、よく動く。
私は兄貴を追いかけて、お父さんは会計をしているお母さんのことを外から覗いている。お母さんも会計を済ませ、慌てて出てきて、その流れで、兄貴・私・お父さん・お母さんと列になって歩道を歩き、また駅に向かっていく。
切符を買うと、すぐに電車が来て、兄貴は迷わず私たち側の電車に乗り、家へ向かって動き出した。
時折お母さんが、
「将斗、家に来てくれるんですねぇ」
と子への喋り方と敬語が混ざった気持ち悪い言葉で話し掛けるが、兄貴は完全に無視。
これが小学三年生の頃の兄貴なら即座に「無視するなよ!」と言えるけども、なんせ高校一年生の大人の兄貴なので何も言えない。お父さんも何も言えないでいる。
最寄りの駅に着くと、まるで兄貴は最寄りの駅を覚えているように真っ先に立ち上がり、私とお母さんは顔を見合わせて喜んだ。
でも兄貴は一切こちらを一瞥もせず、どんどん歩いて行く。ずっと手にあの鍵を持ちながら。
するとお父さんが、
「将斗! 車で来たから車に乗りましょう!」
と、さっきのお母さんのような変なイントネーションの台詞を言い、兄貴は無言で後部座席に座った。確かそこは家族でたまの外食へ行く時の定位置だった。
家に戻ると、兄貴は無言で颯爽と降りて、玄関の前で立ち止まった。この何もしないのに偉そうな感じがまさに兄貴のままで。まあ今は鍵も持っていないし、当たり前か。
急いでお母さんが玄関の鍵を開けると、兄貴はズカズカと入っていき、私はすぐさまついていって、兄貴は階段をのぼり、自分の部屋へ直行した。
お母さんとお父さんは嬉しそうに「将斗!」という声がユニゾンした。私は両親よりもまず兄貴だと思って兄貴について、部屋に入ると、兄貴は押し入れの戸を開けると、押し入れの上の段に一旦鍵を置いてから、当たり前のようにその上の段に足をかけたので、おいおいおいと思っていると、なんと屋根裏に手を掛けて、そこの扉を開けて、手を伸ばしたのだ。
お母さんもお父さんも兄貴の部屋に入って、兄貴の行動をじっと見ていると、兄貴の手にはなんと、小さな鍵付きの箱があって。
あんなところに鍵付きの箱を隠していたんだと目を丸くしていると、兄貴がその押し入れの上の段に置いた鍵でその鍵付きの箱を開けると、中からUSBメモリが出てきた。
それをパソコンに差し込んで、パソコンを立ち上げ、そのファイルをクリックすると、そこにはなんと、無いはずの、私やお父さんやお母さんの六年前の姿の写真が出てきたのだ!
机に向かってその写真を大画面にして眺めている兄貴は、肩をヒクつかせながら、涙声で喋り始めた。
「綺麗なお姉さん撮っているって嘘つきながら、家族の写真撮っていたんだよ。だってオヤジも母さんも写真好きじゃねぇんだもん、俺は家族の思い出を残したかったんだよ、ワリィかよ……」
そう言うと、パソコンの前でうつ伏せになって、むせび泣き始めた兄貴。
あぁ、口調があの頃の、乱暴な言葉に戻っていて、それに、それに、
「兄貴……記憶、戻ったの……?」
「忘れるわけねぇじゃん、でも忘れてた、ゴメンな、真奈、こんなに大切な妹なのに、あんなことでキレる兄でゴメンな、そのまま会えなくなるなんて思わなかったんだ、オヤジもゴメン、母さんもゴメン、俺戻りたいよ、この家で暮らしたいよ、ずっと探してくれていたんだろ? ゴメン、ゴメン、全部ナシ、元の両親に戻りたいなんてナシ、俺はここがいい、俺の家はずっとここなんだよ、ゴメン、本当にゴメンなさい……」
「兄貴! 謝らなくていいんだよ!」
「ゴメンなさい……」
正直、もう兄が何に対して謝っているのか分からなかったけども、気付いたら私もお母さんもお父さんも泣いていた。
また四人でやり直して、いっぱい思い出を作って、一緒に生きていこうと心に誓った。
兄貴はずっと家族思いだったんだ。だからきっと、天狗の時に私を心配した兄貴も本当の兄貴で。
でもちょっと違って感じたのは、多分パラレルワールドから当時の小学三年生の頃の兄貴が呼ばれてきていたみたいな感じなのかな。
そして今の兄貴がその小学三年生の頃の兄貴のことを自分と認識したことにより消えたみたいな、ドッペルゲンガー的な。
いやそんな理由付けはもはやどうでも良くて。
今、兄貴は高校転入の手続きなどで、忙しくしている。
でも帰ってくるのは必ずこの家に戻ってきて、もう向こうの家に行ったのは荷物を運び出したので最後となっている。
お母さんは毎日兄貴を車に乗せて、隣県のその”昔の家族”のところへ行くけども、お母さんはいつも楽しそうだ。
お父さんが臨時で仕事を休むこともまた無くなったけども、直帰するようになり、晩御飯は四人で食べている。
兄貴はまた丁寧な口調に戻ったけども、まだよそよそしくても当然かなと思っている。
少しずつ少しずつ、距離を埋めていけばいいと思っている。
だってずっと一緒にいるんだから!
(了)


