君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 王太子邸の執務室でノアは書類から顔を上げた。机の上には一枚の招待状が置かれていた。公爵家の紋章が押された白い封筒。差出人はアリーナ・ヴァイスベルク。内容は薔薇園での茶会への招待だった。

 ノアは招待状を手に取った。その時、扉が開きマロンが入室した。

 「ノア様、アリーナ様からの招待状が届いております」

 「リリーに見せる」

 マロンは微かに眉を動かした。

 「ノア様、公爵家の茶会に伯爵令嬢として出席されるのは……」

 「分かっている。だがリリーが決めることだ」

 マロンは一瞬黙りやがて深く頷いた。

 「承知いたしました」

 ◇

 客室でリリーは窓辺に座っていた。栗色の髪が午後の日差しを受けて淡く光っている。ノアは扉を開け静かに中へ入った。

 「リリー」

 名前を呼ぶと彼女は振り返った。

 「公爵家から招待状が届いた」

 ノアは招待状をリリーの前に置いた。白い封筒がテーブルの上で鈍く光っている。

 「アリーナ様から……」

 「茶会だ。薔薇園で開かれる。行くかどうかは君が決めろ」

 リリーは招待状を手に取った。

 「……あなたの隣に立つために必要なことなら」

 小さな声だった。けれどその一音に決意が込められていた。

 「私、行く」

 「無理はするな」

 ノアの手が伸びた。リリーの手の上に自分の手を重ねる。

 「君が傷つくようなことがあれば、俺は……」

 リリーはノアの手を握り返した。

 「大丈夫」

 微笑む顔は穏やかだった。

 ノアは長い間彼女を見つめていた。やがて深く息を吐いた。

 「マロンに相談しろ。礼儀作法や服装のことだ。何でも教えてくれる」
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