君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
◇
公爵家の薔薇園は、まさに極彩色の世界だった。何百本もの薔薇が咲き誇り、甘く濃厚な香りが風に乗って漂ってくる。手入れの行き届いた生垣に囲まれたその空間は、王宮の庭園とはまた違う優雅さと気品に満ちていた。
リリーは招かれた席に座っていた。白いテラスの日除けの下、銀の茶器が午後の日差しを受けて鈍く光っている。向かいに座るアリーナはまるで一枚の絵画のようだった。
銀色がかった金髪。灰色がかった青の瞳。完璧に整えられたドレスと髪型。一挙手一投足に洗練された気品が宿っている。
王太子妃候補として噂された女性。けれどアリーナは威圧的ではなかった。
「薔薇はいかが? 香りが強すぎるかしら」
アリーナの声は透明だった。媚びも嫌味もないただ自然な問いかけ。
「いいえ……とても素敵な香りです」
リリーは正直に答えた。アリーナは微かに口元を緩めた。
「そう。気に入ってもらえて嬉しいわ」
茶が注がれる。湯気と共に立ち上る紅茶の香り。静かな時間が流れる。やがてアリーナが口を開いた。
「リリー様。王太子殿下のお心を得たからといって、王宮で生きていくことが容易になるわけではございませんわ」
言葉の奥には現実的な懸念が含まれていた。
「……それでも殿下のお隣に立つお覚悟がおありなのですね?」
リリーは茶器を置いた。
「はい。私もまだまだ勉強することばかりで……至らないところも多いのですが」
手が微かに震えた。けれど顔を上げ、真っ直ぐにアリーナを見つめた。
「それでも、殿下がお一人で苦しんでいらっしゃるときは……せめて、お隣にいたいと思いました」
胸の奥にある想いを確かめるように、リリーは静かに息を吐く。
「その気持ちだけは……身分が変わっても、変えたくないのです」
アリーナは静かに目を細めた。
公爵家の薔薇園は、まさに極彩色の世界だった。何百本もの薔薇が咲き誇り、甘く濃厚な香りが風に乗って漂ってくる。手入れの行き届いた生垣に囲まれたその空間は、王宮の庭園とはまた違う優雅さと気品に満ちていた。
リリーは招かれた席に座っていた。白いテラスの日除けの下、銀の茶器が午後の日差しを受けて鈍く光っている。向かいに座るアリーナはまるで一枚の絵画のようだった。
銀色がかった金髪。灰色がかった青の瞳。完璧に整えられたドレスと髪型。一挙手一投足に洗練された気品が宿っている。
王太子妃候補として噂された女性。けれどアリーナは威圧的ではなかった。
「薔薇はいかが? 香りが強すぎるかしら」
アリーナの声は透明だった。媚びも嫌味もないただ自然な問いかけ。
「いいえ……とても素敵な香りです」
リリーは正直に答えた。アリーナは微かに口元を緩めた。
「そう。気に入ってもらえて嬉しいわ」
茶が注がれる。湯気と共に立ち上る紅茶の香り。静かな時間が流れる。やがてアリーナが口を開いた。
「リリー様。王太子殿下のお心を得たからといって、王宮で生きていくことが容易になるわけではございませんわ」
言葉の奥には現実的な懸念が含まれていた。
「……それでも殿下のお隣に立つお覚悟がおありなのですね?」
リリーは茶器を置いた。
「はい。私もまだまだ勉強することばかりで……至らないところも多いのですが」
手が微かに震えた。けれど顔を上げ、真っ直ぐにアリーナを見つめた。
「それでも、殿下がお一人で苦しんでいらっしゃるときは……せめて、お隣にいたいと思いました」
胸の奥にある想いを確かめるように、リリーは静かに息を吐く。
「その気持ちだけは……身分が変わっても、変えたくないのです」
アリーナは静かに目を細めた。