君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 「まあ……ご自分の価値を随分と控えめにお考えなのですね」

 その言葉には嘲笑はない。ただ純粋な感心が滲んでいた。

 「殿下が求めていらっしゃるのは、王太子に相応しい女性ではなく、ご自分の孤独を知ってくださる女性なのではなくて?」

 リリーの心臓が跳ねた。この人は理解しているのだ。ノアの孤独を。人質としての五年間を。そしてそれを埋めるものが何かを。

 「……アリーナ様は、ノア様のことをよく見ていらっしゃるのですね」

 リリーはそう呟いて、ほんの少し視線を伏せた。

 「でしたら、きっと……私よりずっと相応しい方なのだと思います」

 自分に言い聞かせるような言葉だった。

 「それでも……ノア様が私に向けてくださったお気持ちだけは、疑いたくありません」

 アリーナはしばらく沈黙した。薔薇の香りだけが二人の間を満たしている。やがて柔らかな笑みが彼女の唇に浮かんだ。

 「ふふ……ええ。その答えで十分ですわ」

 アリーナはティーカップを置き優雅に立ち上がった。

 「薔薇は薔薇の咲き方を、百合は百合の咲き方を、知っていればよいのですもの」

 その言葉は哲学的ですらあった。それぞれに生き方があり輝き方がある。一方が他方を凌駕する必要などない。

 「リリー様、わたくしはあなたを歓迎いたしますわ」

 アリーナの手が伸びた。

 「殿下がこれほど大切になさる理由を、ようやく理解できましたもの」

 白く細い指先同士が触れ合う。

 「これからは、隣同士として、共に歩みましょう。王宮という庭で」

 その言葉にリリーの胸の奥の緊張が、ゆっくりと解けていく。敵ではない。競争相手でもない。ただ同じ庭で咲く、別の花。

 リリーは小さく頷いた。

 「……はい。よろしくお願いいたします、アリーナ様」

 二人の令嬢の間に新たな理解と、敬意が芽生えた午後だった。

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