君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
◇
婚約発表の夜会から数週間が過ぎた。結婚式の日取りが決まった。
婚礼衣装の試着を終えた後だった。リリーは鏡の前に立っていた。白い絹のドレス。繊細なレースが肩から腕へと流れ、胸元に淡い刺繍が施されている。
ふと、扉が開いた。ノアは扉枠に立ち止まった。
「……ノア?」
リリーが振り返った。ノアは動かなかった。ただ瞳だけが、リリーを追っていた。
「……綺麗だ」
「本当に?」
「……本当だ」
ノアは部屋に入り、リリーの前に立った。
「五年前……」
リリーの頬に触れる。
「あの物置小屋で、君を……ずっと、綺麗だと思っていた」
「……ノア」
ノアの腕が、リリーの腰を引き寄せる。
「綺麗だ」
耳元で囁く吐息が、首筋を撫でた。
「何度でも、言う」
◇
王宮の大広間の高い天井から注ぐ光が、白い大理石の床を淡く染め上げていた。無数の貴族たちが見守る中、ノアとリリーは並んで立っていた。
ノアの視線が、隣に立つリリーに落ちる。その横顔は、緊張で微かに青白く、けれど凛としていた。すべてを越えて、彼女は今、自分の隣にいる。
誓いの言葉を交わす時、ノアはリリーの手を取った。指輪をはめるその瞬間、ノアの指先が微かに震えた。かつて冷たい雨の中で差し伸べられた小さな手を、今度は自分が生涯離さずにいられるのだと思うと、胸の奥に込み上げる想いを抑えることができなかった。
祝宴は華やかで、そして長かった。金糸のタペストリーが掛けられた広間には、貴族たちの笑い声とワイングラスが触れ合う音が絶え間なく響いている。けれどノアの耳には、その喧騒が遠い波音のようにしか聞こえなかった。彼の意識は常に、隣に座すリリーに向いていた。
リリーもまた、張り詰めた空気の中で息をしていた。隣に座す男の圧倒的な存在感。賑やかな祝宴を後にした二人は、静かな王太子邸の寝室へと入る。
婚約発表の夜会から数週間が過ぎた。結婚式の日取りが決まった。
婚礼衣装の試着を終えた後だった。リリーは鏡の前に立っていた。白い絹のドレス。繊細なレースが肩から腕へと流れ、胸元に淡い刺繍が施されている。
ふと、扉が開いた。ノアは扉枠に立ち止まった。
「……ノア?」
リリーが振り返った。ノアは動かなかった。ただ瞳だけが、リリーを追っていた。
「……綺麗だ」
「本当に?」
「……本当だ」
ノアは部屋に入り、リリーの前に立った。
「五年前……」
リリーの頬に触れる。
「あの物置小屋で、君を……ずっと、綺麗だと思っていた」
「……ノア」
ノアの腕が、リリーの腰を引き寄せる。
「綺麗だ」
耳元で囁く吐息が、首筋を撫でた。
「何度でも、言う」
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王宮の大広間の高い天井から注ぐ光が、白い大理石の床を淡く染め上げていた。無数の貴族たちが見守る中、ノアとリリーは並んで立っていた。
ノアの視線が、隣に立つリリーに落ちる。その横顔は、緊張で微かに青白く、けれど凛としていた。すべてを越えて、彼女は今、自分の隣にいる。
誓いの言葉を交わす時、ノアはリリーの手を取った。指輪をはめるその瞬間、ノアの指先が微かに震えた。かつて冷たい雨の中で差し伸べられた小さな手を、今度は自分が生涯離さずにいられるのだと思うと、胸の奥に込み上げる想いを抑えることができなかった。
祝宴は華やかで、そして長かった。金糸のタペストリーが掛けられた広間には、貴族たちの笑い声とワイングラスが触れ合う音が絶え間なく響いている。けれどノアの耳には、その喧騒が遠い波音のようにしか聞こえなかった。彼の意識は常に、隣に座すリリーに向いていた。
リリーもまた、張り詰めた空気の中で息をしていた。隣に座す男の圧倒的な存在感。賑やかな祝宴を後にした二人は、静かな王太子邸の寝室へと入る。