君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 古びた木戸を押し開け、中へ転げ込むと外の轟音だけが隔絶された。雷鳴が近づき空気が震えた。

 「……濡れてしまったな」

 ノアの声が鼓膜を震わせた。リリーは頷こうとしたが、言葉にならなかった。

 小さな場所で、互いの体温と湿った服の匂いが混ざり合っている。ノアは壁に背を預けると、リリーもまた同じように隣に並んで座った。肩が触れ合うか触れ合わないかの距離。

 張り詰めた糸のように繊細で、少しでも動けば切れてしまいそうな緊張感が二人を縛っていた。ドクンとドクンと、早鐘を打つ音が自分以外にも聞こえているのではないかと思うほど激しい。隣に座るノアの気配を意識するほど、リリーの胸は落ち着かなくなった。

 濡れた服の裾を握るリリーの指先が、微かに震えている。手を伸ばしたい衝動が込み上げては、ノアは必死に堪えた。雷鳴が近づき、小屋全体が振動した瞬間リリーの肩がびくりと跳ねた。華奢な肩がノアの腕に触れた。

 ノアはゆっくりと顔を向けた。リリーも顔を上げ、真っ直ぐにノアを見つめ返した。暗闇の中で、深い青と穏やかな緑の瞳が、交差した。見つめ合うだけで、互いの喉の渇きが伝染していくようだった。

 雨音だけが世界を隔絶している。この瞬間だけは、外の理屈などどうでもよかった。張り詰めた空気が緩むことなく、むしろより深く粘度を増して、二人を絡め取っていく。手は触れられずとも、視線は既に幾度も交わり、深く、深く結び合っていた。
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