君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 その後、小屋に戻ったリリーはどこか沈んでいた。黙々と粥を啜るその横顔に、疲労の色が濃く滲んでいた。

 「……何かあったのか」

 リリーは箸を止め、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には微かな影が落ちている。

 「ううん……何でもないよ」

 守りたいと、ノアは思った。だが守るどころか、彼女の隣に立つことすら許されない自分がいる。自分が彼女を危険に晒していることに気づかないほど、彼は愚かではなかった。

 沈黙が二人の間に横たわった。

 「ねえ……旅人さんはどこへ行くの?」

 唐突な問いかけに、ノアは息を呑んだ。

 「傷が治ったら……もう行くんでしょう?」

 祖国には、もう帰る場所がない。このまま逃げ続ければ、いずれ捕まる。だが、彼女のそばに留まれば、今度は彼女を危険に晒す。

 「……俺がいなくなれば、君は元の生活に戻れる」

 「……そうだね」

 「それが一番いい……」

 自分に言い聞かせるように、ノアは言った。

 (もう、長くは留まれない)

 凍りついた檻の中で忘れかけていた「人」としての温もりを、この少女が取り戻させてくれた。だがその温もりに浸れば浸るほど、自分と彼女の間に横たわる深い溝を痛感する。
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