君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
◇
リリーは木戸に手をかけ、ゆっくりと開けた。中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っている。朝の微かな光が隙間から差し込み、彼の横顔を青白く照らしている。
十日間の看病で、彼の瞳に映る自分の姿が変わっていくのをリリーは感じていた。
「おはよう」
小さく声をかけると、ノアは無言で頷いた。ノアの前に差し出すと、彼の手が茶椀を受け取った。その瞬間、指先が触れ合った。二人の身体に電流が走ったように、空気が張り詰めた。
ノアの指が、リリーの指の上に重なる。リリーは息を呑み、茶椀を離そうとした。だがノアの指が、一瞬だけ強く彼女の指を握った。
すぐに離れた。まるで何事もなかったかのように、ノアは粥を啜り始める。
リリーは膝をついたまま、自分の指を見つめていた。握られた場所が熱い。指先から手の甲へ、手首へ、腕へと熱が伝播していくようだった。
(……だめ)
これほど異質で美しい存在に触れることは、どこか禁忌めいた畏れを感じさせた。沈黙が降りた。
「……なんで」
なぜ近づかないのか。なぜ傷を負っていたのか。なぜ名前を明かさないのか。リリーは問うた。
リリーは木戸に手をかけ、ゆっくりと開けた。中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っている。朝の微かな光が隙間から差し込み、彼の横顔を青白く照らしている。
十日間の看病で、彼の瞳に映る自分の姿が変わっていくのをリリーは感じていた。
「おはよう」
小さく声をかけると、ノアは無言で頷いた。ノアの前に差し出すと、彼の手が茶椀を受け取った。その瞬間、指先が触れ合った。二人の身体に電流が走ったように、空気が張り詰めた。
ノアの指が、リリーの指の上に重なる。リリーは息を呑み、茶椀を離そうとした。だがノアの指が、一瞬だけ強く彼女の指を握った。
すぐに離れた。まるで何事もなかったかのように、ノアは粥を啜り始める。
リリーは膝をついたまま、自分の指を見つめていた。握られた場所が熱い。指先から手の甲へ、手首へ、腕へと熱が伝播していくようだった。
(……だめ)
これほど異質で美しい存在に触れることは、どこか禁忌めいた畏れを感じさせた。沈黙が降りた。
「……なんで」
なぜ近づかないのか。なぜ傷を負っていたのか。なぜ名前を明かさないのか。リリーは問うた。