君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ノアの唇が微かに動いた。深い青の瞳が揺れた。冷徹さの奥に、激しい葛藤が渦巻いているのが見えた。

 「……近づけば」

 ノアは低く言った。

 「君を巻き込む」

 それは、彼がただの旅人ではないことを暗に認める言葉だった。追われているのか、危険な立場にいるのか、何かしらの事情を抱えているのか――だが、彼が自分の正体を隠し続ける理由が、ただの気まぐれではないことだけは分かった。

 「それでも……私を見てるの?」

 ノアは何も言わなかった。だが、その瞳を逸らすこともできなかった。リリーは唇を噛みしめた。彼の瞳の奥にある深い闇と、その底で微かに光る孤独を見てしまったから。

 「……そろそろ行かなきゃ」

 リリーは立ち上がった。

 「また、来るから」

 そして、背を向けた。振り返らずに歩き出す。背後から視線が突き刺さるのを感じた。灼熱のように熱くて遠い視線。

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