君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 「……もう、行っちゃうの?」

 問いかけた声は震えていた。

 「追っ手が来ている」

 ノアは低く言った。

 「市場で尋ねていた……金髪の怪我人を探していると」

 ノアはゆっくりと顔を向けた。

 「……知っていたのか」

 「うん……」

 リリーは膝を抱えたまま視線を落とした。

 「俺にこれ以上関われば……君も巻き込まれる」

 「……分かっているよ」

 リリーの指先が袖口を握りしめている。

 「それでも……あなたのことが、気になる」

 たったそれだけの言葉が、これほど残酷に響くとは思わなかった。彼女は知らない。自分が誰に心を寄せているのか。

 「俺のような人間に関わって……何になる」

 ノアの声は震えていた。

 「何にもならないかもしれない」

 リリーは静かに言った。

 「それでも……気になる」

 ノアの心臓が跳ねた。暫くして、ノアはゆっくりと立ち上がる。感情を殺すのに必死だった。

 「……家に戻れ」

 これ以上近づけば、自分を抑えられなくなる。彼女を抱きしめてしまえば、二度と離せなくなる。

 リリーの肩が微かに跳ねた。ゆっくりと顔を上げる。その緑色の瞳に、深い失望の色が滲んでいた。傷ついた表情。それでも彼女は何も言わなかった。ただ静かに立ち上がり、背を向けた。
< 24 / 56 >

この作品をシェア

pagetop