君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
逃亡した日でもあり、彼女と出会った日でもある。ハルバートは無言で耳を傾けた。
「……自分の立場は、分かっているつもりだ」
拳がゆっくりと握り締められた。
「王族である以上……俺には、背負わなければならないものがある」
「……それでも」
ノアは顔を上げた。
「彼女に会いたい」
ハルバートは目を伏せた。逃亡した理由も、監禁されてもなお生きようとした理由も、すべてあの少女に行き着いていることを。
「危険です」
静かな声音で告げた。
「分かっている……」
ハルバートは、主君の横顔を見つめながら、長年仕えてきた忠誠心と、一人の人間としての感情の間で揺れていた。この三年間、殿下は死人のように生きてこられた。
「……最低限の護衛をつけます」
ハルバートは静かに告げた。ノアは驚いたように顔を上げた。
主君のためなら、命を懸ける。それが、この男の忠誠だ。だが、今度は政治のためでも、国家のためでもない。ただ一人の人間として、主君の願いを叶えたいと思ったのだ。
「……礼を言う」