君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 男は、あと数歩の距離で止まった。帽子のつばに手をかける。ゆっくりと、それを持ち上げた。

 プラチナブロンドの髪が帽子の下から、白い額にこぼれていた。煤で薄く汚れた顔。けれど、隠しきれない彫りの深さ。三年分、少しだけ大人びた輪郭。

 世界が、音を失った。リリーは呼吸の仕方を忘れた。この三年間、幾度となく想像した再会の場面。けれど、いざこうして彼の前に立つと言葉が何も出てこなかった。

 リリーは一歩、前に出た。次いで、もう一歩。籠を背負ったままゆっくりと、確かめるようにノアへと近づいていく。

 あと二歩、という距離でリリーは止まった。そっと右手を伸ばした。指先が、ノアの頬へと触れる。

 「……リリー」

 三年ぶりに、その名を呼んだ。

 「……ノア」

 彼は、震える手を持ち上げ、リリーの手首をそっと掴んみ、ぐっと彼女を引き寄せた。リリーの身体がノアの胸へと、ぶつかるように収まった。

 抱きしめた。

 「……夢を見ていた」

 リリーの耳元で、低く、囁くように響く。

 「三年間……ずっと君を夢に見ていた」

 「私も……」

 細い指が、粗末な革の上衣を掴む。

 三年分の飢えを埋めるように、彼女を抱きしめる。朝が来れば、また戻らなければならない。分かっている。分かっているからこそこの一瞬が、いっそう残酷に愛おしかった。
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