君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ケルビンはそれ以上追及しなかった。代わりに――右手が、リリーの手の上にそっと重なった。大きくて、厚みがあって、労働者の手とは違う、商人の手。

 「リリーちゃん、俺がいるから。何かあったら、いつでも言って」

 手の上に乗せられたケルビンの指先が、微かに動いた。リリーの手を包み込むように握りしめる。

 ケルビンは幼馴染で、数少ない理解者で、この市場で自分を守ってくれる存在だ。彼の優しさを拒むことが、怖かった。だから、リリーは手を引かなかった。

 でも――昨夜、あの人に手首を掴まれた時の熱とはまるで違う。

 (……いけない)

 ケルビンの温もりと、ノアの温もりを比べてはいけない。それは、ケルビンに対しても、自分に対しても――残酷すぎる。

 「……うん。ありがとう、ケルビン」

 ケルビンは満足そうに笑い、手を離した。

 「じゃあ、俺、店の準備あるから。また後でね」

 立ち上がり、自分の露店へと歩いていく。リリーは去っていく背中を見つめながら、胸の奥で言いようのない罪悪感が渦巻くのを感じていた。

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