君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 ケルビンは自分の露店に戻りながら、一人苦い顔をしていた。

 (……また、あの顔だ)

 以前からどこか儚げな少女だったけれど、ここ数年――いや、今日特に、その傾向が強くなっている。何かを隠している。何かを抱えている。そして――誰かを想っている。

 (……誰なんだ)

 市場で一緒に育ち、共に笑い、共に歩んできた。自分の隣にいるのは当然、自分だと思っていた。

 けれどリリーは、誰の誘いも受けない。自分の想いにも応えない。ただ――遠くを見つめている。

 ケルビンは自分の露店の木箱を蹴った。音が市場の喧騒に消える。

< 37 / 63 >

この作品をシェア

pagetop