君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 三日後、ノアは再び街へ降り立った。今回は、市場を訪れる目的があった。帽子で金髪を隠し、顔には煤を薄く塗る。ハルバートは影のように背後に控えていた。

 市場は、活気に満ちていた。ノアは人混みを避けながら歩いた。目当ての場所は、市場の東端にある雑貨屋だ。リリーの露店からは離れているが、同じ市場の中だ。

 もし彼女と目が合えば――その可能性に胸が早鐘を打つ。無意識に彼女の方へ向きそうになるのを必死に抑えた。

 「いらっしゃい。何か探してるのかい?」

 雑貨屋の店主が声をかけてきた。

 「……髪飾りを探している」

 ノアは低い声で答えた。

 「髪飾りねえ。こっちだ」

 ノアは言われた場所へ歩み寄った。木箱の中に数点の髪飾りが雑に放り込まれている。どれも質素なものだった。

 (彼女には……似合わない)

 ノアは木箱の中をさらに探った。指先が冷たい金属に触れる。その時指先にひんやりとした感触があった。木箱の底から小さな髪飾りを取り出す。

 細い銀の枝のような形をした留め具。その中心に、小さな青い石が一粒だけ嵌め込まれている。夜空のような暗い青ではなく晴れた昼の空のような澄んだ青。あるいは――自分の瞳のような色。

 (……これだ)

 ノアはその髪飾りを掌に乗せた。彼女なら――あの細い髪に編み込めば、似合うかもしれない。


 「それいいねえ。銀製品は珍しいんだよ」

 店主が横から声をかけた。

 「ちょっと値は張るけど」

 ノアは懐から硬貨を取り出した。

 「これで足りるか」

 店主は目を丸くした。

 「お客さん、これ一枚で十分すぎるよ。釣りが要るかい?」

 「いらない」

 ノアは短く答え、髪飾りを懐にしまい込んだ。店主は驚いた顔をしながらも、金貨を受け取った。

 ノアは背を向け店を出た。市場の喧騒の中へ戻る。人混みを避けながら歩き出す。この髪飾りを彼女の髪に差す姿を想像するだけで、胸が熱くなった。
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