君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 一週間後のある夜、リリーは物置小屋に薪を取りに行った。夜風が冷たく頬を撫でていく。

 物置小屋の木戸に手をかけた時だった。背後から気配がした。足音ではない。ただ空気が変わった。密度が濃くなる。

 リリーは振り返った。宵闇の中に一人の影が立っていた。

 「……ノア」

 名前を呼んだ時にはもう、唇が勝手に動いていた。

 ノアがゆっくりと歩み寄ってきた。帽子のつばに手をかけ、ゆっくりと持ち上げた。整い過ぎた顔。だがどこかこの前と違っていた。まるで何かを押し殺しているような苦悶の色。

 「リリー」

 返事をしようとした時、ノアが懐から何かを取り出した。夜目にもかすかに光る銀色が透けて見える。

 「これを……渡したくて」

 ノアは包みをリリーに差し出した。

 リリーは息を呑んだ。包みを受け取る。布を解くと中から銀の髪飾りが現れた。その中央に、小さな青い石が一粒だけ嵌め込まれていた。ノアの瞳の色を思わせる青だった。

 「……きれい」

 銀の冷たさと石の滑らかさが、手のひらに伝わる。質素な暮らしの中で、こんなものを見たことがなかった。市場で売られている安物の髪飾りとは、まるで違う。職人の手が、一つ一つ丁寧に仕上げたものだと分かる。

 「君に、と思って」

 ノアの声は低く、掠れていた。

 「……助けてもらった礼だ」

 この前の夜、抱きしめられた時と同じ熱が声の奥に滲んでいる。
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