君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
◇
三日後の夕暮れ、ケルビンはリリーの家を訪れた。市場の仕入れで余った小麦粉を分けるためだった。リリーの家計が楽ではないことは、幼い頃から知っている。
木戸を叩くと、しばらくしてリリーが顔を出した。
「……ケルビン」
名前を呼んだ声が、微かに掠れた。扉の外に立っていたケルビンは、いつもの快活な笑顔を浮かべていなかった。
「ごめん、急に。これ、余ったから」
リリーが踵を返した時、栗色の髪がふわりと揺れた。夕暮れの光を受けて、銀色のものがきらめく。
ケルビンの表情が凍りついた。リリーは、自分のために飾り物を買うような少女ではなかった。稼いだ金があれば、家の食費や弟のために使う。
「……それ」
リリーが振り返った。
「髪飾り」
リリーの指が、無意識に青い石へ触れた。その仕草をケルビンは見逃さなかった。大切なものに触れるような指先。
ケルビンはそれだけで察してしまった。誰に誘われても頷かなかった理由。自分が隣にいても、ときどきひどく寂しそうな顔をする理由。
ケルビンの足が、無意識に動いた。一歩、二歩。
リリーが振り返ろうとした、その瞬間。ケルビンの顔が、目の前にある。距離が近い。
「……誰にもらったの?」
問いかけは静かだった。いつもの明るく親しげな響きは消え、腹の底から絞り出したような声だった。
リリーの瞳が揺れる。
「……」
「……答えて」
三日後の夕暮れ、ケルビンはリリーの家を訪れた。市場の仕入れで余った小麦粉を分けるためだった。リリーの家計が楽ではないことは、幼い頃から知っている。
木戸を叩くと、しばらくしてリリーが顔を出した。
「……ケルビン」
名前を呼んだ声が、微かに掠れた。扉の外に立っていたケルビンは、いつもの快活な笑顔を浮かべていなかった。
「ごめん、急に。これ、余ったから」
リリーが踵を返した時、栗色の髪がふわりと揺れた。夕暮れの光を受けて、銀色のものがきらめく。
ケルビンの表情が凍りついた。リリーは、自分のために飾り物を買うような少女ではなかった。稼いだ金があれば、家の食費や弟のために使う。
「……それ」
リリーが振り返った。
「髪飾り」
リリーの指が、無意識に青い石へ触れた。その仕草をケルビンは見逃さなかった。大切なものに触れるような指先。
ケルビンはそれだけで察してしまった。誰に誘われても頷かなかった理由。自分が隣にいても、ときどきひどく寂しそうな顔をする理由。
ケルビンの足が、無意識に動いた。一歩、二歩。
リリーが振り返ろうとした、その瞬間。ケルビンの顔が、目の前にある。距離が近い。
「……誰にもらったの?」
問いかけは静かだった。いつもの明るく親しげな響きは消え、腹の底から絞り出したような声だった。
リリーの瞳が揺れる。
「……」
「……答えて」