君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜

10 祖国へ帰還ーー暁の別離


 北からの使者が塔を去った後も、ノアは長いこと椅子に座ったまま動けずにいた。身柄の返還。平和的な交渉の結果として、人質としての役目を終え、北へ帰る。

 それはつまり、二度とこの地を踏めないということだ。二度と、あの町を歩けないということだ。二度と、彼女に会えないということだ。

 自分は帰るのだ。北の白い宮殿へ。彼女の温もりに、二度と触れられない世界。そこへ戻らねばならないのだ。

 ◇

 夜明け前の冷たい空気の中、ノアはリリーの家の前に立っていた。来ればまた、離れるのが苦しくなるだけだと分かっていた。それでも――足がここに向かった。

 ハルバートに無理を承知で懇願した。町へ降りる時間を、と。

 ノアはリリーの家木戸を見つめたまま動かなかった。会いたいという願いを押し殺し、何も告げずに消えることこそが愛だと信じて。ただそこに佇んでいた。
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