君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 家の前に、誰かが立っていた。心臓が一拍だけ大きく跳ねて、次の瞬間激しく打ち始めた。

 背の高い影。薄明かりの中で、プラチナブロンドの髪が微かに白く光っている。深い青の瞳が、夜明け前の薄闇の中でリリーを捉えた。

 「……ノア」

 その瞳を見た瞬間、リリーは理解した。何かが、終わろうとしている。ノアは一歩踏み出した。

 「……会いたくて、来た」

 声が掠れていた。抑えていた想いが、吐き出すように零れた。

 ノアは歩み寄り、手を伸ばした。震える指先が、リリーの頬に触れる。リリーの睫毛が、震えた。

 次の瞬間、リリーの華奢な体が、ノアの胸に収まった。体温が、染み込んでいく。

 ノアは強く、強く抱きしめた。腕の中の温もりを、全身で吸い込むように。この感覚を、二度と忘れないように。

 リリーの手が、ノアの背中に回された。細い指が、服を掴む。ぎゅっと。夜が明ける。

 リリーが顔を上げた。潤んだ緑色の瞳が、ノアを見つめる。涙が、一粒、頬を伝って落ちた。

 「……また会えるよね?」

 ノアの腕が、微かに震えた。会えるとは、言えない。約束など、できない。ただ――抱きしめる腕に、さらに力を込めた。
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