君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
11 北の王太子のただ一つの恋
さらに二年後。十九歳になったリリーは、市場の古い木箱に腰を下ろし、行き交う人々をぼんやりと見つめていた。
この二年間、季節が幾度巡ろうとも、リリーの心の中の時計はあの夜明けで止まったままだ。袖口を掴んだ指先の震え。夜明け前の闇に溶けて消えた深い青の瞳。
薄いブラウスの下、肌に直接触れるようにしまった銀の髪飾り。冷たい金属と小さな青い石。指先で石を撫でるたび、彼の指が髪に触れたあの夜の戦慄が蘇る。
「……リリーちゃん」
低く呼ぶ声に、リリーははっと顔を上げた。夕闇を背負ってケルビンが立っていた。二十一歳になった彼は、商家の跡取りとしての責務を一身に背負い、その肩幅は以前よりさらに立派になっていた。
「もう終わり? 送るよ」
断る間も与えられず、ケルビンはリリーの手から重い籠を奪い取った。その所作はあまりにも自然で、長年の幼馴染という関係性を利用した支配のように感じられる時がある。
二人は並んで市場を抜けた。帰路の石畳を叩く足音だけが響く。かつてノアと歩いた道。
「ねえ、リリーちゃん」
路地裏の人気のない角で、ケルビンはふと足を止めた。