君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 「父さんがさ、そろそろって言ってるんだ」

 この二年間、ケルビンの視線が次第に熱を帯びていくのを感じていた。彼の親切が、いつしか求婚へと形を変えつつあることを。

 「……商家としては、早い方がいいって」

 言葉を選びながら紡ぐケルビンの声は震えていた。

 「でも俺は……ずっと待ってた」

 ケルビンは籠を地面に下ろし、リリーの方へ向き直った。

 「俺と一緒になってほしい」

 その重みは、リリーの細い肩を地面に縫い止めるには十分すぎた。

 「……ケルビン」

 名前を呼んだだけで、喉が引き攣った。

 「私……まだ」

 「分かってる」

 ケルビンはリリーの言葉を遮るように一歩踏み出した。

 「まだ誰かがいるんだよね? でもね、リリーちゃん」

 ケルビンの手が伸びてきて、リリーの頬に触れた。

 「その人はもう来ないよ」

 残酷な真実だった。分かっている。ケルビンの表情が歪んだ。

 「いいよ……今は」

 その声は甘く痺れるようだった。

 「待つから。……ずっと隣にいるから」

 逃げられないと悟った。幼馴染という名の甘い蜘蛛の巣が、リリーを包み込み、ゆっくりと絞めていく。
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