君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
2 名前を明かせない王子と、帰る場所をくれた少女
朝が来た。ノアは目を覚ました。鉛を流し込まれたように四肢は動かず、指一本曲げるのにも激しい労力を要した。
(……生きている)
あの路地裏で力尽きた時、もう二度と目は覚めないと思っていた。その下には、昨夜少女が塗ってくれた軟膏のひんやりとした感覚が残っていた。自分の体重を支えようと、細い腕を必死に回してきた少女。
この二年間、目覚めた時に誰かの気配を感じたことなど一度もなかった。アッシュワの城で与えられた部屋は、いつも冷たく、無機質で、誰の温もりもない空間だった。人質に与えられるのは、生かされているための最低限の場所だけ。
それなのに今、この埃っぽい物置小屋の中で、ノアは奇妙な安らぎを感じていた。ただ、昨夜あの少女がここにいたという事実が、小屋の空気を変えているようだった。
腹筋に力を込めた瞬間、脇腹に激痛が走り、息が詰まる。だが、それでも身体を動かそうとした――その時。
扉が開いた。軋む音と共に、湿った外気が流れ込み、そして――見覚えのある栗色の髪が姿を現した。すべてが穏やかで、淡く、この灰色の街の中で唯一色を持っているように見えた。
「あ、動いたら駄目よ、まだ熱があるの」
リリーはノアが身じろぎしたのを見とめ、すぐに駆け寄ってきた。盆を傍らに置き、ノアの額に手を伸ばす。その指先が再びノアの肌に触れた。
従わなければならないという義務感ではなく、ただその声に逆らいたくないという、奇妙な服従の意志が働いた。
リリーは熱を確認した後、持ってきた布を水で濡らし、ノアの額に当てた。触れそうなほど近い。二人の間に沈黙が降りた。リリーは盆を取り、ノアの前に置いた。