君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 まず目に入ったのは、歩き方だった。令嬢たちの多くは、王太子の前で足を止める時、わずかに躊躇する。畏怖か、計算か、いずれにせよその一瞬の間が、彼女たちの本音を物語っていた。

 「初めてお目にかかります、殿下。アリーナ・ヴァイスベルクと申します」

 アリーナの瞳には、野心がなかった。王妃の地位を求める色も、家名のために近づく計算も、畏怖に基づく恭順もない。

 「殿下におかれましては、長き敵地での御苦労、心より敬意を表します」

 この女性は、ノアが人質として過ごした五年間の意味を理解している。

 「それは、是非もない言葉だ」

 だがアリーナはわずかに口元を緩めた。

 「実を申しますと、型通りの言葉を用意しておりましたが、殿下の前ではどうにも不自然に感じまして」

 令嬢が王太子に向かって「用意していた」と認めるなど、社交の場では異例だった。アリーナは臆することなく続けた。

 「故に、正直に申し上げます。私は殿下の帰還を、個人的に嬉しく思っております」

 「……なぜ」

 なぜ嬉しいのか、と問うたのか、なぜ正直に言うのか、と問うたのか。アリーナは一瞬だけ目を伏せた。それから顔を上げ、静かに答えた。

 「五年間、一人で生き抜かれた方を、私は尊敬いたします」

 ノアは表情を変えず、ただ頷いた。

 「挨拶に感謝する」
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