君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 北の王宮近くの王太子邸。執務室の扉が控えめにノックされた。

 「ノア様、お届け物です」

 執事のマロンが恭しく差し出したのは、装飾のない小さな木箱だった。

 「差出人の記載はございません。ですが、封蝋には……」

 ノアは眉をひそめながら、箱を受け取った。マロンを下がらせ、ノアは一人になると箱の蓋に指をかけた。

 (何かの嫌がらせか?)

 最近、婚約発表を急かす貴族たちからの贈り物は増えていたが、こんな無骨な箱は初めてだ。パチリと蓋を開ける。中には、二つのものが収められていた。

 一つは、小さく折り畳まれた羊皮紙。そしてもう一つは――

 淡い栗色の、髪の束。ノアの呼吸が、ぴたりと止まった。

 「――――ッ!」

 髪を送るというのは、古くからある「脅し」や「人質」の意思表示だ。ノアは震える指で羊皮紙を掴み、乱暴に広げた。

 『グレンフォードの王太子へ。

 過日アッシュワの地より回収せし人身の担保、現在当方にて厳重に管理中。身柄の解放を望まば、下記条件を受諾する旨を記した返答をもって使者を遣わされよ。

 一、王太子権限の一部譲渡、並びに政務決裁権の限定移行
 二、軍再編計画への介入権限の制限、及び軍事統括権の部分的凍結期限は三日後とする。これに違わば、担保の身柄は然るべき処置を講じるものとする。以後の交渉は、受諾の意思表示をもってのみ成立するものと心得よ。』

< 67 / 105 >

この作品をシェア

pagetop