君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 その頃、地下でハルバートは静かに扉を開けていた。

 「……リリー嬢」

 リリーは顔を上げた。三年前、物置小屋の路地裏に現れた男。ノアを「殿下」と呼んだ、あの男。

 「……もう、大丈夫です」

 ハルバートは、低く穏やかな声で告げ、膝をついた。大きな手がゆっくりと、リリーの拘束を解いていく。

 「歩けますか」

 リリーは小さく頷く。

 「……はい」

 「では参りましょう」

 ハルバートが立ち上がる。そして、静かに続けた。

 「殿下がお待ちです」

 リリーの足が止まった。

 「……殿下?」

 胸の奥がざわめく。三年前にも聞いた呼び名。けれど、あの時は何も分からないまま、ノアは連れていかれてしまった。

 リリーはハルバートを見上げた。

 「それって……ノアのことですか?」

 ハルバートは一瞬だけ沈黙した。それから、静かに告げる。

 「ノア・レイ・グレンフォード殿下」

 リリーは息を止めた。

 「グレンフォード王国の王太子であらせられます」
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