君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 ハルバートに導かれ、リリーは地下を出た。冷たい夜気が肌を刺す。目の前には黒塗りの馬車が待機していた。

 馬車に乗り込み、扉が閉まる。暗い車内で、リリーはそっと髪に触れた。切られた左側。反対側には、あの銀の髪飾りが残っている。

 (ノアが……王太子)

 そこまで遠い人だとは、思っていなかった。

 リリーは膝の上に置いた自分の手を見つめた。王太子に触れた手。あの物置小屋で、彼の傷に包帯を巻いた手。粥をよそい、彼に差し出した手。そして――最後に、彼の袖を掴んだ手。

 「……」

 自分が攫われたことで、彼まで危険に巻き込んでしまったのではないか。王太子であるなら、背負っているものは自分とは比べものにならない。

 国も。人々も。きっと、自分には想像もできないほど多くのものを。

 そんな彼が、自分を助けるために何かを失ったのだとしたら。自分のせいで、ノアが傷つくのは嫌だった。

 その時だった。

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