君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
第四章 恋人

13 抑えきれない想いーー「帰せない」の告白


 救出されてから、どれほど馬車に揺られていたのか。ノアが「安全な場所へ行く」とだけ告げたからだ。馬車が緩やかに停止し、重厚な扉が開かれると、夜気とは異なる冷たく硬い空気が流れ込んできた。

 ノアが先に降り立ち、リリーに手を差し伸べる。その白く形良い手、王族の証たる気品を纏う指先に、リリーは躊躇しながら自身の少し荒れた小さな手を重ねた。

 その指先をしっかりと包み込み、馬車から降ろす。リリーの足が石畳に触れた瞬間、彼女の息が詰まる音がした。目の前にそびえ立つのは、グレンフォード王国の王太子が起居する私邸だった。

 夜の闇に溶け込む漆塗りの大扉。どこを見ても圧倒的な威圧感を放つその威容は、王族の絶対的な権威を無言で主張していた。

 彼女は怯えた小動物のように目を見開き、口を半開きにして館を見上げている。その緑色の瞳には、明らかな恐怖と、自分が場違いな場所に立ち入ってしまったという強烈な自責が浮かんでいた。

 「行こう」

 大扉が音もなく開くと、整然と並んだ数十人の侍従たちが一斉に頭を垂れた。

 「お帰りなさいませ、殿下」

 その仕草があまりにも痛々しくて、ノアは無意識に握る手に力を込めた。
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