君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 「客だ。手厚くもてなせ」

 ノアは侍従たちにそう告げると、リリーを促して広間へと歩みを進めた。壁には金糸で織り込まれたタペストリーが掛けられている。天井には雲を模ったフレスコ画が描かれ、一歩踏み入れるだけで足元から吸い込まれそうなほどの豪奢さだった。

 路地裏の物置小屋とはあまりにもかけ離れた光景。貧しい町娘である自分が、踏み込んでいい領域ではないという、本能的な警鐘が、彼女の体を強張らせる。

 「ここは……俺の住まいだ」

 ノアはリリーの震える手を包んだまま、静かに告げた。

 「ここでは、自由に過ごしていい」

 その言葉に、リリーは小さく頷いた。だが、その緑の瞳はまだ怯えていた。メイドが一人、静かに歩み寄る。リリーは一瞬、ノアを振り返った。

 「……すぐに戻る」

 その一言に、リリーは安心したようにメイドの後を追った。
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