君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 けれど離れたのは一瞬だった。ノアは角度を変え、もう一度深く重なる。背中に回した手が、リリーの華奢な腰を引き寄せる。力が強すぎて、リリーの身体がノアの胸に押し付けられた。

 「……んっ」

 リリーの喉から、小さな声が漏れた。シャツ越しに伝わる心臓の鼓動。速い。強い。痛いほどに。

 唇が離れる。また重なる。離れる。重なる。

 「俺は、離さないと言った」

 耳元で呼ぶ声は、切なく響く。その言葉の重みに、リリーの目が潤んだ。

 「……なのに、君は――」

 矜持も自制も、すべてが崩れ落ちた後の、ただ一人の男の声だった。

 「君は……俺から離れたいのか」

 その問いかけは、責めではなかった。懇願だった。

 リリーは、ノアのシャツを掴んだ手に、さらに力を込めた。

 「……離れたかくない」

 涙が、一粒、頬を伝って落ちた。

 「離れたかくない……よ」

 けれど、はっきりと言った。

 「……ただ、あなたの邪魔をしたくなくて」

 自分がいなければ、ノアは王太子として正しく生きられる。ノアは顔を上げた。

 「邪魔などと、言うな」

 ノアはリリーの頬を両手で包み込んだ。

 「君を守るために、何度も手放した……でも、もう無理だ」

 深い青色の瞳が、こちらを真っ直ぐに捉えて離さない。暗く燃えていた炎の奥にあるのは、縋るような、どうしようもない渇望。

 「君を帰すことだけはできない」

 もう一度、唇を重ねた。深く。熱く。執着に満ちた口づけ。

 「……ん……ぁ」

 リリーの唇から漏れる声は、抑制を失っていた。甘く、切ない声。その声が、ノアをさらに深く沈ませる。

 リリーの背筋が震え、膝から力が抜けていく。ノアの腕が、それを支えた。華奢な腰を掌で抱き、崩れ落ちないように。

 月光に照らされた部屋の中で、二人の影が重なり合っていた。

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