君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 脇腹の激痛は鈍い痺れへと変わり、体の中を駆け巡っていた熱はすでに退いていた。無意識に彼女を引き寄せ、縋りついていたことに気づき、ノアは深く息を吐いた。

 外に出れば、自分は再び「人質」に戻る。だが同時に、心が囁く。この狭く埃っぽい小屋から出たくないと。

 木戸が開き、リリーが入ってきた。彼女の柔らかな存在そのものがノアの目に入り、胸に染み入っていく。

 「……明日には出ていく」

 静かに告げた声は、思った以上に乾いていた。拳を無意識に握りしめる。爪が掌に食い込み、痛みが走った。

 泥沼のような自分の行く末に巻き込めば、この純粋な少女は瞬く間に汚されてしまう。北と南の対立という大きな行く末の奔流が、彼女という小さな存在を跡形もなく飲み込んでしまうだろう。

 彼女はゆっくりと顔を上げた。

 「ここにいてもいいよ」

 その言葉は、あまりにもあっけなくノアの前に差し出された。まるで道に迷った子供に方向を教えるように、ためらいも重みもなく。

 「まだ傷も治ってないし……外は危ないでしょう? 誰も来ないから、安心して」

 「……迷惑ではないのか」

 「ううん。迷惑じゃないよ」

 その言葉は、ノアにとって、どれほどの救いだったか、リリーは知らないだろう。
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