君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 政務室の燭台が、長い影を壁に落としていた。ノアは机の前に立っていた。対面にはハルバートとレオンが並んでいる。

 一人は外交官らしい冷静な眼差しを。もう一人は、何事にも揺らがぬ騎士団長の視線を向けていた。

 「リリー・エルドレッドという名を、公にする」

 ハルバートが静かに目を細める。レオンは腕を組んだまま、しばらくノアを見つめていた。

 「……覚悟はお決まりなのですね」

 「もう決めた」

 ハルバートは長い指を組み、慎重に言葉を選ぶ。

 「殿下。彼女がアッシュワで殿下の生命を救ったことについては、私が外交記録と当時の経緯を整理します。殿下が人質として置かれていた期間の出来事です。公式に扱うのであれば、できる限り事実を積み重ねる必要があるでしょう」

 レオンが口を開いた。

 「なら、俺は王宮のほうを受け持つ」

 ノアが顔を上げる。

 「貴族連中が何を言い出すかは分からない。けど、王太子殿下の私生活にまで、騎士団が口を挟むことはない。少なくとも、彼女の身辺警護については、俺が責任を持つ」

 「レオン」

 「彼女に余計な危険が及ばないよう、騎士団の配置も見直す。殿下が彼女を守るというなら、俺はそのための剣になる」

 レオンは淡々と告げた。
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