君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 「ただし、それだけでは足りません」

 ハルバートの視線が、ノアの瞳を捉えた。

 「彼女が平民であることに変わりはない。恩人として公に認めることと、王太子殿下の伴侶として受け入れられることは、別の問題です」

 だからこそ、逃げるつもりはなかった。

 「……一つ、提案がございます」

 ハルバートが組んだ指を解き、ゆっくりと口を開いた。

 「私の養女として、リリー様を迎えたい」

 ハルバートの声は、静かに部屋の空気を裂いた。

 「ハルバート・クロイド伯爵家の養女という形であれば、王家との婚姻に必要な家柄の条件を満たします」

 レオンはこの老練な外交官の策を理解していた。ノアは、ハルバートを見つめた。この男がどれほどの覚悟でその言葉を口にしたか、理解した上での逡巡だった。

 「……お前が、そんなことをすれば」

 「殿下」

 ハルバートは静かに首を振った。皺の刻まれた顔に、微かな笑みが浮かぶ。

 「私は、あなたが十三歳でアッシュワへ発たれた日から、ずっとこの日を待っておりました」

 ノアの喉が、微かに動いた。そして、ゆっくりと立ち上がった。ハルバートの前に歩み寄る。

 「頼む」

 ハルバートは深く、深く頭を下げ返した。
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