君を帰すことだけはできない〜北の王太子が五年越しに愛した南の町娘〜
 ◇

 謁見を終え、ノアとリリーが回廊を歩いていた時だった。

 「ノア」

 「母上……」

 人質の五年間、一度も面会を許されなかった母・マデイラ。政略結婚の犠牲者として、先王に嫁いだ人。マデイラは、静かに歩み寄った。

 「話は聞いた。……よくやったわ、ノア」

 「母上……」

 「この五年間、何もしてやれなかった。あなたがアッシュワへ発つ時も……戻ってきた時も……私はただ、遠くから見ていることしかできなかった」

 マデイラの瞳が、微かに潤んだ。

 「だからせめて……あなたが自ら選んだ道を、私は祝福したい」

 ノアの喉が、締め付けられた。ただ、母の顔を見つめることしかできなかった。マデイラは、リリーへと視線を移した。

 「あなたがリリーね」

 「は……はい。リリー・クロイドと申します」

 マデイラはそっと手を伸ばした。リリーの頬に触れる。

 「……綺麗な瞳」

 マデイラは、微笑んだ。

 「ノアと同じ色の石を、髪に飾っているのね」

 リリーの髪飾りに気づき、静かに言った。

 「あの子が……こんなものを贈ったの」

 その言葉に、リリーの頬が微かに朱に染まった。

 「リリー。これから先、多くの壁があるでしょう。でも……諦めないで」

 マデイラは、優しく目を細めた。

 「私も……かつては希望を持っていた。けれど、それを失った。だからこそ……あなたには、ノアと共に歩んでほしい」

 「……はい」

 「ようこそ、グレンフォードへ」

 ノアの胸の奥が、熱かった。

 「母上……ありがとう……ございます」

 「お礼なんて要らないわ。ただ……幸せになりなさい」

 その言葉に、ノアは深く頷いた。
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