きみの青春に、私もいたい。
「小鳥遊さん、悪いんだけど」

金曜日の放課後。

放送委員の顧問に呼び止められた。

「今日の昼、放送室に忘れものがあったみたいでね」

差し出されたのは、紺色のスポーツタオル。

端には白い糸で『SENA』と刺繍されている。

「……瀬名先輩のですか?」

「たぶんね。野球部に届けてもらえる?」

「……はい」

断る理由もなく、私はタオルを受け取った。

……よりによって、野球部。

*

グラウンドに着くと、金属バットの音が響いていた。

「……すみません」

フェンス越しに声をかける。

けれど、誰も気づかない。

どうしよう。

そう思っていたとき。

「あれ、小鳥遊さん?」

振り返ると、見知らぬ男子生徒が立っていた。

「晴臣の知り合い?」

「……えっと、はい。忘れものを届けに」

「ああ、これ晴臣のじゃん!」

男子生徒はタオルを見て笑った。

「俺、相沢颯太。晴臣と同じ三年!」

「小鳥遊澄花です」

「知ってるよ。晴臣が話してたから」

「……え?」

思わず顔を上げた。

「私のこと、ですか?」

「うん。放送委員の子が面白いって」

……面白い。

また、それ。

「おーい、晴臣!」

相沢先輩がグラウンドに向かって叫んだ。

「お前にお客さん!」

「えっ、誰!?」

遠くから声が返ってくる。

「放送委員の小鳥遊さん!」

その瞬間。

瀬名先輩が、こちらを向いた。

「あ!」

ぱっと笑顔になる。

……そんなに嬉しそうにしなくても。

先輩は小走りでフェンスまでやってきた。

「どうしたの?」

「……これ、忘れてたみたいなので」

タオルを差し出す。

「あーっ! それ!」

先輩が目を丸くした。

「探してた! ありがと!」

「いえ」

「わざわざ届けてくれたんだ?」

「先生に頼まれたので」

「そっか!」

先輩はタオルを受け取り、嬉しそうに首にかけた。

すると相沢先輩が、にやにやしながら口を挟んだ。

「晴臣、お前さっきまで機嫌悪かったのに」

「は!?」

「急に元気になったな」

「うるせーよ!」

……仲がいいんだな。

私は小さく頭を下げた。

「じゃあ、失礼します」

「あ、待って!」

先輩に呼び止められる。

「小鳥遊さん、ちょっとだけ時間ある?」

「……何ですか?」

「これ!」

差し出されたのは、スポーツドリンクだった。

「お礼!」

「……いや、タオル届けただけですけど」

「でも助かったし!」

「先輩が飲んでください。練習中でしょう?」

「俺、もう一本あるから!」

……そういう問題じゃない。

けれど、先輩があまりにも差し出してくるので。

「……じゃあ、いただきます」

受け取ると、先輩は満足そうに笑った。

「よし!」

「……何が、よしなんですか」

「受け取ってもらえた!」

……本当に、変な人。

*

帰ろうとしたとき、グラウンドから声が飛んだ。

「瀬名! 次、お前だぞ!」

「あ、はい!」

先輩が慌てて振り返る。

「ごめん、戻んなきゃ!」

「はい。頑張ってください」

何気なく言った、その一言。

先輩は一瞬だけ、動きを止めた。

「……うん」

さっきまでの賑やかな声とは違う。

少し静かな返事だった。

「ありがと、小鳥遊さん」

そして、グラウンドへ戻っていった。

*

帰り道。

私はもらったスポーツドリンクを見つめた。

……結局、また話しちゃった。

この一週間で、三回。

今まで接点なんてなかったのに。

不思議なものだ。

そのとき、ふと思い出した。

『たまには、頑張らなくてもいいと思います。』

あの日の、匿名メッセージ。

さっき私が「頑張ってください」と言ったとき。

先輩は、ほんの一瞬だけ笑わなかった。

……気のせい、かな。

私はペットボトルを鞄にしまった。

まだ、知らないことばかり。

それでも。

瀬名晴臣という先輩は、私が思っていたより少しだけ、不思議な人なのかもしれない。
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