きみの青春に、私もいたい。
金曜日の昼休み。
放送室の扉を開けると、机の上に見覚えのあるメモが置かれていた。
……あ。
昨日、私が返事を書いた紙だ。
裏返すと、丸っこい文字が増えている。
『曲、聴いた! やっぱりよかった!
あと、心配してくれてありがと。
瀬名』
その下には、もう一行。
『小鳥遊さんも無理しないでね!』
「……ふふ」
思わず笑ってしまった。
私、別に何も頑張ってないんだけど。
メモを引き出しにしまおうとしたとき、放送室の扉が開いた。
「おっ、読んでくれた?」
「……先輩」
噂をすれば、というやつだ。
瀬名先輩は、手に持っていた紙袋を掲げた。
「購買でパン買いすぎちゃってさ。いる?」
「……何個買ったんですか?」
「六個!」
「買いすぎですね」
「だよね!」
まったく反省していない。
「……じゃあ、一個だけ」
「やった!」
なぜか先輩の方が嬉しそうだった。
*
放送室の小さなテーブル。
私はクリームパンを、先輩は焼きそばパンを食べていた。
「そういえば、小鳥遊さんって二年生だよね?」
「はい」
「クラス何組?」
「三組です」
「へえ! じゃあ颯太の弟と同じだ」
「……相沢先輩、弟さんいるんですか?」
「うん。俺に全然似てない、真面目なやつ!」
「相沢先輩の弟なのに?」
「それ、颯太に言ったら怒るよ!」
先輩が笑う。
つられて、私も少し笑った。
こうして話していると、不思議だった。
学校中の人気者なのに。
思っていたより、ずっと普通の人だ。
「……あ、そうだ」
先輩がパンの袋を畳みながら言った。
「来週、練習試合あるんだ」
「そうなんですね」
「うん。夏の大会前だから、結構大事なやつ」
先輩は窓の外へ目を向けた。
「……今年で最後だしね」
その横顔が、少しだけ寂しそうに見えた。
「……先輩」
「ん?」
「野球、ずっと続けるんですか?」
何気ない質問だった。
けれど先輩は、すぐには答えなかった。
「……どうだろ」
「……え?」
「まだ決めてないんだよね」
そう言って、いつもの笑顔に戻る。
「ま、今は目の前の試合に集中かな!」
私は頷いた。
それ以上、聞いてはいけない気がした。
*
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴る。
「あ、戻んなきゃ!」
先輩が立ち上がった。
「パン、ごちそうさまでした」
「どういたしまして!」
扉へ向かった先輩が、ふと足を止める。
「……小鳥遊さん」
「はい?」
「俺さ、最近ちょっと楽しみなんだよね」
「……何がですか?」
「昼の放送」
先輩は照れくさそうに笑った。
「小鳥遊さんの声、聞こえるから」
「…………え」
「じゃ、またね!」
返事をする間もなく、先輩は出ていった。
静かになった放送室。
私はしばらく、扉を見つめていた。
……何、それ。
心臓が、いつもより少し速い。
「……変なこと言わないでよ」
誰もいない部屋で呟く。
でも。
その日の午後。
廊下ですれ違った先輩が、私に気づいて小さく手を振ってくれたとき。
私は初めて、自分から手を振り返した。
*
帰り際。
引き出しの中のメッセージカードを、もう一度取り出す。
『たまには、頑張らなくてもいいと思います。』
あの日、この言葉を読まなければ。
きっと私たちは、今も知らない人同士だった。
私はカードを元の場所へ戻し、放送室の鍵を閉めた。
まだ、恋なんて知らない。
ただ。
明日もあの人に会えたら、少し嬉しいかもしれない。
そんな小さな変化が、私の春に起きていた。
放送室の扉を開けると、机の上に見覚えのあるメモが置かれていた。
……あ。
昨日、私が返事を書いた紙だ。
裏返すと、丸っこい文字が増えている。
『曲、聴いた! やっぱりよかった!
あと、心配してくれてありがと。
瀬名』
その下には、もう一行。
『小鳥遊さんも無理しないでね!』
「……ふふ」
思わず笑ってしまった。
私、別に何も頑張ってないんだけど。
メモを引き出しにしまおうとしたとき、放送室の扉が開いた。
「おっ、読んでくれた?」
「……先輩」
噂をすれば、というやつだ。
瀬名先輩は、手に持っていた紙袋を掲げた。
「購買でパン買いすぎちゃってさ。いる?」
「……何個買ったんですか?」
「六個!」
「買いすぎですね」
「だよね!」
まったく反省していない。
「……じゃあ、一個だけ」
「やった!」
なぜか先輩の方が嬉しそうだった。
*
放送室の小さなテーブル。
私はクリームパンを、先輩は焼きそばパンを食べていた。
「そういえば、小鳥遊さんって二年生だよね?」
「はい」
「クラス何組?」
「三組です」
「へえ! じゃあ颯太の弟と同じだ」
「……相沢先輩、弟さんいるんですか?」
「うん。俺に全然似てない、真面目なやつ!」
「相沢先輩の弟なのに?」
「それ、颯太に言ったら怒るよ!」
先輩が笑う。
つられて、私も少し笑った。
こうして話していると、不思議だった。
学校中の人気者なのに。
思っていたより、ずっと普通の人だ。
「……あ、そうだ」
先輩がパンの袋を畳みながら言った。
「来週、練習試合あるんだ」
「そうなんですね」
「うん。夏の大会前だから、結構大事なやつ」
先輩は窓の外へ目を向けた。
「……今年で最後だしね」
その横顔が、少しだけ寂しそうに見えた。
「……先輩」
「ん?」
「野球、ずっと続けるんですか?」
何気ない質問だった。
けれど先輩は、すぐには答えなかった。
「……どうだろ」
「……え?」
「まだ決めてないんだよね」
そう言って、いつもの笑顔に戻る。
「ま、今は目の前の試合に集中かな!」
私は頷いた。
それ以上、聞いてはいけない気がした。
*
昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴る。
「あ、戻んなきゃ!」
先輩が立ち上がった。
「パン、ごちそうさまでした」
「どういたしまして!」
扉へ向かった先輩が、ふと足を止める。
「……小鳥遊さん」
「はい?」
「俺さ、最近ちょっと楽しみなんだよね」
「……何がですか?」
「昼の放送」
先輩は照れくさそうに笑った。
「小鳥遊さんの声、聞こえるから」
「…………え」
「じゃ、またね!」
返事をする間もなく、先輩は出ていった。
静かになった放送室。
私はしばらく、扉を見つめていた。
……何、それ。
心臓が、いつもより少し速い。
「……変なこと言わないでよ」
誰もいない部屋で呟く。
でも。
その日の午後。
廊下ですれ違った先輩が、私に気づいて小さく手を振ってくれたとき。
私は初めて、自分から手を振り返した。
*
帰り際。
引き出しの中のメッセージカードを、もう一度取り出す。
『たまには、頑張らなくてもいいと思います。』
あの日、この言葉を読まなければ。
きっと私たちは、今も知らない人同士だった。
私はカードを元の場所へ戻し、放送室の鍵を閉めた。
まだ、恋なんて知らない。
ただ。
明日もあの人に会えたら、少し嬉しいかもしれない。
そんな小さな変化が、私の春に起きていた。