きみの青春に、私もいたい。

Episode2 近づくほど、知らないきみ

六月に入って、三日目。

朝から降っていた雨は、放課後になっても止まなかった。

「澄花、ごめん! 今日お母さんが迎えに来るって!」

「うん。気をつけてね」

莉子を見送り、私は昇降口で立ち尽くした。

……傘、忘れた。

朝は小雨だったから、何とかなると思ったのに。

外は、笑えないくらいの土砂降り。

「……走るしかないかな」

鞄を頭に乗せようとした、そのとき。

「小鳥遊さん?」

聞き覚えのある声がした。

振り返ると、瀬名先輩が立っていた。

「何してんの?」

「……雨が止むのを待ってます」

「傘ないの?」

「……はい」

先輩は外を見て、それから自分の手元を見た。

黒い折りたたみ傘。

「じゃあ、一緒に帰る?」

「……え?」

「駅まででしょ? 俺もそっち!」

さらっと言われて、思わず固まる。

「でも、先輩の傘、小さくないですか?」

「大丈夫大丈夫!」

「絶対、肩濡れますよ」

「じゃあ、ちょっとくっつけばいいじゃん」

「…………」

……この人は。

どうしてそういうことを、何でもない顔で言えるんだろう。

*

結局、先輩の傘に入ることになった。

「……狭いですね」

「だから言ったじゃん、くっつけばいいって!」

「言ってません。先輩が勝手に言いました」

「あはは、確かに!」

歩き出してすぐ、私はあることに気づいた。

……あれ。

先輩の右肩、濡れてる。

傘が、明らかに私の方へ傾いていた。

「……先輩」

「ん?」

「傘、そっちに寄せてください」

「えー? 小鳥遊さん濡れるよ?」

「先輩が濡れてます」

「俺は平気!」

「……風邪ひきますよ」

先輩は一瞬黙ってから、ふっと笑った。

「小鳥遊さんって、結構心配性だよね」

「普通です」

「そっか」

そう言って、少しだけ傘を真ん中に戻してくれた。

肩が、ほんの少し近くなる。

……近い。

雨の音が、やけに大きく聞こえた。

*

駅まであと少し、というところで。

「うわっ!」

突然、先輩が足を止めた。

「……どうしました?」

「水たまり!」

見ると、先輩の靴が見事に浸かっていた。

「……ふふっ」

「えっ、笑った!?」

「すみません。先輩、すごい顔してたので」

「だって靴下まで濡れた!」

「小学生みたいですね」

「ひどくない!?」

先輩が笑う。

私も、つられて笑った。

雨の日なんて、嫌いだったのに。

今日は少しだけ、楽しい。

*

駅前の屋根の下に着くと、先輩は傘を畳んだ。

「よし、到着!」

「ありがとうございました」

「どういたしまして!」

先輩の右肩は、やっぱり少し濡れていた。

私は鞄からハンカチを取り出す。

「……これ、使ってください」

「え?」

「肩、濡れてるので」

先輩は驚いた顔をしたあと、ハンカチを受け取った。

「……ありがと」

いつもより静かな声。

「洗って返すね」

「そのままで大丈夫ですよ」

「いや、ちゃんと返したい」

先輩はハンカチを丁寧に畳んだ。

そして、少しだけ笑う。

「……これで、また会う理由できたし」

「……え?」

「なんでもない!」

先輩は慌てたように手を振った。

……珍しい。

先輩が、自分の言葉をごまかすなんて。

「じゃあ、また明日!」

「……はい。また明日」

改札へ向かいながら、私は一度だけ振り返った。

先輩はまだそこにいて、濡れた肩をハンカチで拭いていた。

……あ。

私のハンカチ。

水色の、小さな花柄。

先輩には、全然似合わない。

そう思ったら、また笑ってしまった。

その日の帰り道。

雨は最後まで止まなかった。

けれど私は、初めて。

もう少しだけ、駅までの道が長ければよかったのに。

そんなことを考えていた。
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