きみの青春に、私もいたい。
翌日の昼休み。

「澄花、昨日どうやって帰ったの?」

莉子が卵焼きを口に運びながら尋ねてきた。

「……普通に」

「普通って?」

「……歩いて」

「傘は?」

「……入れてもらった」

「誰に?」

「…………」

莉子の箸が止まった。

「……まさか」

「瀬名先輩」

「えええっ!?」

「莉子、声!」

教室中の視線が集まる。

莉子は慌てて口を押さえた。

「……それ、相合傘じゃん!」

「言い方!」

「で!? 何かあった!?」

「先輩が水たまり踏んだ」

「そういうことじゃない!」

……何を期待してるんだろう。

*

放課後。

放送室で片づけをしていると、扉がノックされた。

「小鳥遊さん、いる?」

「……はい」

瀬名先輩だった。

「これ、ありがと!」

差し出されたのは、昨日貸したハンカチ。

きれいに畳まれ、小さな透明の袋に入っていた。

「……わざわざ袋まで」

「母さんが入れてくれた!」

「……お母さんが?」

「うん。女の子のものなんだから、ちゃんと返しなさいって」

先輩は何でもない顔で言う。

……お母さんに話したんだ。

「……ありがとうございます」

「こちらこそ!」

先輩は笑ってから、ふと窓の外を見た。

「今日、練習中止になっちゃってさ」

「雨、まだ残ってますもんね」

「うん。グラウンド使えなくて」

少し残念そうな顔。

「……先輩って、本当に野球好きなんですね」

そう言うと、先輩は一瞬だけ黙った。

「……まあね」

それから、いつもの笑顔に戻る。

「そうだ、小鳥遊さん!」

「はい?」

「今度の日曜日、暇?」

「……日曜日?」

突然の質問に、思わず聞き返した。

「うん! ちょっと頼みたいことあって」

「……何でしょうか」

「練習試合のアナウンス!」

「……え?」

*

「うちの野球部、今度市民球場で練習試合するんだけどさ」

先輩は机に肘をついて説明を始めた。

「放送担当の人が急に来られなくなっちゃって」

「……それで、私に?」

「うん。先生にも相談したら、放送委員に頼んでみたらって」

……なるほど。

てっきり、変なお願いかと思った。

「でも私、野球のルールあまり詳しくないです」

「大丈夫! 原稿あるし、顧問の先生もいるから!」

先輩は真剣な顔で続けた。

「小鳥遊さんの声、聞き取りやすいからさ。お願いできないかなって」

……あ。

褒められた。

しかも、ちゃんと放送のことを。

「……私でよければ」

「ほんと!?」

先輩の顔がぱっと明るくなる。

「ありがとうございます!」

「いや、そんな大げさな……」

「めちゃくちゃ助かる!」

そう言って笑う先輩を見ていると。

なんだか、断らなくてよかったと思えた。

*

「じゃあ日曜、九時に球場ね!」

「はい」

「俺、入口まで迎えに行くから!」

「……大丈夫ですよ。一人で行けます」

「でも迷ったら困るじゃん」

「地図、読めます」

「じゃあ俺が迎えに行きたいってことで!」

「…………」

……この人は。

本当に、言い方がずるい。

「……分かりました」

そう答えると、先輩は満足そうに笑った。

「よし! 約束!」

放送室を出ていく先輩を見送り、私はスマートフォンを取り出した。

莉子に連絡しようとして、指が止まる。

『日曜日、瀬名先輩に会うことになった』

……これじゃ、何か違う。

私は慌てて文章を消した。

『日曜日、野球部のアナウンス手伝うことになった』

送信。

三秒後。

『え!?!?!?』

……早い。

さらに、もう一通。

『それ絶対、運命じゃん!!!』

「……違うってば」

思わず呟く。

でも。

日曜日が、少しだけ楽しみになっている自分がいた。

野球のアナウンスなんて、初めてなのに。

……ちゃんとできるかな。

窓の外では、雨上がりの空が少しずつ明るくなっていた。
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