未来に続く物語
「いらっしゃい。いつものでいい?」

 あれから何も言わずに館内を抜け出して来たのは駅の外れにある小さな喫茶店で、そこには従兄弟の『庄真』が働いていた。三つ年上でも昔から話しやすくて、何かと気に掛けてもらっていた。

「少し濃いめで……」

 ふと溜息を漏らしてみると、庄真は珈琲の豆を挽きながら、こちらを見て笑みを浮かべた。

「可愛い顔して、なに悩んでんの」

「悩んでない。疲れてるだけ……」

 再び息を吐き、庄真が珈琲を作る様子を眺めていた。

 丁寧な手さばきに目を向けたまま、瞬きを繰り返すうちに、目の前にカップが静かに置かれた。

「顔に書いてあるよ、『気になる人が出来た』って」庄真はそう言ったあと、洗ったカップを手にし、綺麗な布で磨くように拭き始めた。

 長年見られていても、その勘は当てにならないと思い、珈琲を一口含んでから返した。

「庄ちゃんも顔に書いてある。『彼女と喧嘩しました』って」

「バレたか。喧嘩ってほどじゃないけど、最近帰り遅くて、つい口出ししてさ……反省してるとこ」

 そう言って庄真は軽く笑い、拭いたカップを静かに置き、食事の調理をし始めた。

「滝行でもしてみる?」と茶化してみると、庄真は「温めてくれるかな、あいつ」と言って笑い、再び調理に取り掛かった。

 鼻歌を口ずさみそうな様子を見ながら、庄真に彼女が出来たときのことを思い出していた。

 今から数年前に庄真がレストランのバイトに行き始めた頃、ホール担当の女子が可愛くて人気だと言い出した。それから、デートに誘うか、趣味を同じにしてみるかなど、相談するように話してきた。いつの間にか付き合うようになって、彼女として紹介されたけれど、愛嬌があって可愛らしい人だった。

 羨んだりすることはないものの、従兄弟という近い距離だからこそ、頭に浮かんだことを口にした。

「庄ちゃん、付き合うって、どうやって決めるの」

「んー?」と庄真は考えるように、皿の上にパスタを盛ったあと、汚れた縁を拭きながら続けた。

「決めるよりも先に告白してたし、お互い好きなら自然にそうなるよ」

 それは自分にとって余りにも曖昧で、目の前に置かれたパスタが飾り物に見えた。

 けれど、フォークを入れれば感触はあるし、巻き付けるだけで香りが漂っていた。

「いただきます」

 湯気の立ち上がりが煙草の煙に見えたとき、庄真は徐々に笑みを浮かべて、おもむろに口を開いた。

「そのネックウォーマー、そろそろ買い替えたほうがいいんじゃない?」

 そんな言葉を聞きながら、パスタを口に運び、味を確かめるように噛み締めていた。
< 13 / 31 >

この作品をシェア

pagetop