未来に続く物語
 車は緩やかな斜面に続く丘を走り、店の趣きがある建物の前で静かに停まった。そこは二階建てで、下は店舗に見えて、上は住宅のようだった。

 おもむろに助手席から抜け出すと、古河は運転席から鍵を閉め、店に向かって歩き始めた。背後に付いて行くと、静かに扉が開かれ、古河がこちらを向いて、視線で促してきた。ゆっくりとした足取りで進むと、中は喫茶店のようで、左端にグランドピアノが置かれていた。

 店に入ってから、辺りを見渡すと、正面にはカウンターがあり、背後の棚には酒やカップなどが並べられていた。そこからカウンターに視線を移すと、右端にレコードプレイヤーが置かれていて、古さが際立って見えた。

 カウンター席はちょうどいい隙間で六席あり、座席は四人がけのテーブル席が綺麗に配置され、落ち着いた色で纏められていた。

 まるで、架空の世界に来たみたいに気分が上がり、あちこち見回したあとで、視線がグランドピアノに向かった。そのまま足を進めて行くと、古河が回り込むようにピアノ椅子に座り、こちらの手を取って言った。

「おいで」

 その言葉と共に引き寄せられ、身体が翻ったかと思うと、古河の膝の上に座っていた。

「弾けるんですか?」そう尋ねてみると、古河は軽く笑い、「何が聴きたい?」と言って、こちらの両脇から腕を伸ばし、鍵盤に手を添え、平然とした顔でこちらを窺っていた。

 音楽は詳しくないし、耳にしている曲はポップな物ばかりで、思いつかずに有名な人物を挙げると、すぐさま古河は鍵盤を弾き出した。

 それは良く耳にしたショパンの幻想即興曲で、激しさがありながらも優しく、緩やかに流れる川のせせらぎのように聴こえた。

 ふと古河の横顔を見ると、穏やかな目をしていて、綺麗な指先は軽やかに弾み、楽しそうに感じた。

 静かに手が鍵盤から離れ、片手をこちらの腰に添えた瞬間に、古河の唇が軽く触れてきた。

 その唇が目の前で、「好き」と開き、見たことのない視線が向けられた。

 頭では分かっているのに、何度繰り返しても、僅かに口を開いては閉じ、飲み込んだ。

 けれど、古河はこちらに視線を向けたまま、もう片方の手を腰に添え、再び口を開いた。

「言いたいことある?お嬢さん」

 とても穏やかな口調に聞こえ、ふと息を吸ってから、込み上げてくる物を堪え、静かに答えた。

「好き、です」

 すると、古河の唇が重なり、生温かい感触が軽く触れ、啄むようにしてから、少しずつ離れていった。
< 24 / 31 >

この作品をシェア

pagetop