未来に続く物語
「何かあったの?」淡々と尋ねながら、カフェカップの飲み口を親指で押し込み、そのまま一口含んで味わっていた。

 すると、羽山は煙草を口にしてから、こちらを見て言った。

「何って、下の階で女子高生達に足を止められて、来るの大変だったんですよ、俺」

 愚痴のような口調で吐き出されても、何も思いつかずに、ただ口にした。

「それで?」

「……まぁ、志央さんはそれでいいんですけど。でも、俺には興味持ってくれてもよくない?」

 呆れた声を聞きながら、羽山が初めて来た頃を思い出した。

『今日から働いてもらう羽山圭人くん。映画館で働いた経験はないから、色々教えてあげて。羽山くん、こっちは世野志央さん。分からないことがあったら、世野さんに聞くようにね。じゃ、後は宜しく』

 上司には見えない爽やかな出で立ちの隣に羽山が並ぶと、こちらに向かって上司がそう言った。

 颯爽と立ち去る姿を見送ったところで、羽山がこちらを見るなり、おもむろに口を開いた。

『あ、志央さん、俺のドストライクです。これから末永く宜しくお願いします』

 そんなことを言われた経験はなかったけれど、どこかで断ろうとは考えていた。

 ふとカフェカップから目を離したとき、羽山の背後のほうで古河が出てきたのが見えた。
 
 そこで、私は羽山に目を向け、軽く笑みを作ってから返した。

「それは聞こえません。それより珈琲のこと教えて、どこの?」

 すかさず羽山は煙草に火を点け、一息横に向けて流してから、こちらに顔を戻して言った。

「志央さんお気に入りの喫茶店。リサーチ済みです。残念でした」

 茶化すような声に、思わず「付けて来たの?」と軽く睨むように見ると、羽山は「たまたまです。俺も珈琲好きなんで」と最後だけ強調して言った。

「あの店、テイクアウトしてた?」と尋ねてみると、羽山は「俺が持ち込みました」と澄ました顔で答えた。

 その背後を古河が通り過ぎ、何気なく視線で追っていると、目が合った途端に嫌な顔をして逸らされた。古河はそのまま階段に向かい、足音を立てるようにして下って行った。

 先程のことを根に持ったのかもしれないけれど、こちらには何の関係もなく、八つ当たりだと思った。

 昨日の件についてもそうだし、缶コーヒーに至っては既に持ち去られていて、こちらには問題点など一つもない。そう考えていたところで、羽山が声を掛けてきた。

「じゃあ、俺、そろそろ下に行きます。めっちゃ、嫌だけど……」

 そう言って深い溜息を吐いた後、重い足取りで階段を踏み込み、こちらに軽く笑みを見せると、羽山は下へ降りて行った。
< 4 / 31 >

この作品をシェア

pagetop