未来に続く物語
翌日。朝一番に更衣室で着替えてからカラオケ屋の事務所へ行き、シフトを確認すると、小さな映画館で緊張の糸が少し解けた。
そこから映画館に足を運び、五階と同じように作業をしてから、パイプ椅子に腰を下ろした。
この映画館はガラス張りで隔たれていて、館内の様子が見て取れるだけでなく、人の往来まで分かる設計になっている。けれど、受付からは死角になる場所もあり、五階のように足音では判別が出来ない。
館内に設置された時計や上映時間の表を見ている間にも、気づけば客や従業員が来ているのは日常になっていた。
それで客や従業員から何か言われたことはないし、職員についても我関せずで、こちらが席を立つ以外では話すことはない。
ただし、それは昨日までのことで、臨時職員が例外として際立っていた。
さすがに今日はないだろうと、高を括ったところで、鞄に手を掛けた時だった。
「志央」
聞き覚えのある低い声に耳を傾けたまま、鞄から本を取り出し、身体を軽く戻した。
「おはようさん。これ、志央の」
古河はそう言って、カウンターの上にカップを静かに置き、ゆっくりと手を離していった。
その指は女性から見ても綺麗で長く、傷一つさえ見えなかった。
他の女性なら、羨むような言葉を口にするだろうとは思った。
期待するようなことは見えないものの、こちらを窺っていることだけは分かった。
一度息を吐いてから、飲み口を親指で軽く押し込み、一口だけ含んだ。
同時に視線がぶつかり、古河の口元が『あ』とでも言うように、微かに開いた。
私は軽く首を振り、口内で確かめた後で、ただ返した。
「違います。ご苦労さまでした」
「なにが?」
そこでも古河は後に引かず、カウンターの上で両手を組むように置き、こちらを眺め始めた。
口内に酸味が際立っていて、思わず顔を顰めた。表情を戻しながら飲み進めるうちに、返すのを忘れそうになり、口にしてしまえば済むことだと思い直した。
「私の勘です。これ以上、言うことは有りません」
すると、古河はこちらのカップを手に取り、一口飲んでから、軽く眉を顰めた。苦笑いのような顔を戻しながら、徐々に笑みを浮かべ、おもむろに口を開いた。
「必死になってもいいけど、また縺れたらどーすんの」
以前とは違う冷静な言い方で、そこに何か含みがあるようにも、指摘を装っているようにも思えなかった。
カップはすでに古河の手に渡り、こちらは受付の中で、行く手を阻まれた気がした。けれど……。
「そちらの思い違いです。関係有りません」
「どっちが」
気づけば、呆れているのはこちらではなく古河のほうだった。
そこから映画館に足を運び、五階と同じように作業をしてから、パイプ椅子に腰を下ろした。
この映画館はガラス張りで隔たれていて、館内の様子が見て取れるだけでなく、人の往来まで分かる設計になっている。けれど、受付からは死角になる場所もあり、五階のように足音では判別が出来ない。
館内に設置された時計や上映時間の表を見ている間にも、気づけば客や従業員が来ているのは日常になっていた。
それで客や従業員から何か言われたことはないし、職員についても我関せずで、こちらが席を立つ以外では話すことはない。
ただし、それは昨日までのことで、臨時職員が例外として際立っていた。
さすがに今日はないだろうと、高を括ったところで、鞄に手を掛けた時だった。
「志央」
聞き覚えのある低い声に耳を傾けたまま、鞄から本を取り出し、身体を軽く戻した。
「おはようさん。これ、志央の」
古河はそう言って、カウンターの上にカップを静かに置き、ゆっくりと手を離していった。
その指は女性から見ても綺麗で長く、傷一つさえ見えなかった。
他の女性なら、羨むような言葉を口にするだろうとは思った。
期待するようなことは見えないものの、こちらを窺っていることだけは分かった。
一度息を吐いてから、飲み口を親指で軽く押し込み、一口だけ含んだ。
同時に視線がぶつかり、古河の口元が『あ』とでも言うように、微かに開いた。
私は軽く首を振り、口内で確かめた後で、ただ返した。
「違います。ご苦労さまでした」
「なにが?」
そこでも古河は後に引かず、カウンターの上で両手を組むように置き、こちらを眺め始めた。
口内に酸味が際立っていて、思わず顔を顰めた。表情を戻しながら飲み進めるうちに、返すのを忘れそうになり、口にしてしまえば済むことだと思い直した。
「私の勘です。これ以上、言うことは有りません」
すると、古河はこちらのカップを手に取り、一口飲んでから、軽く眉を顰めた。苦笑いのような顔を戻しながら、徐々に笑みを浮かべ、おもむろに口を開いた。
「必死になってもいいけど、また縺れたらどーすんの」
以前とは違う冷静な言い方で、そこに何か含みがあるようにも、指摘を装っているようにも思えなかった。
カップはすでに古河の手に渡り、こちらは受付の中で、行く手を阻まれた気がした。けれど……。
「そちらの思い違いです。関係有りません」
「どっちが」
気づけば、呆れているのはこちらではなく古河のほうだった。