君だけに奏でる愛のカノン〜世界的ピアニストの甘い溺愛〜
でも、私の願いは、私と目を合わせようとしない二人の姿で、虚しく砕け散った。
「……会社の帰りに、直人がすみれの肩を抱いて歩くのを見た。それから何度も連絡したのに返信はない。……どういうこと?」
「……」
「……」
黙り込む二人に絶望を感じた。
「私、今日付けで正式に退職した。結婚式は二週間後なんだよ?」
「……」
「……」
私は声を荒げずにはいられなかった。
「黙っていれば済むとでも思っているの?! ……いつから?」
「花音、これには訳が」
「いつからだって聞いてんのよ!」
「半年前から……」
「半年前? もうとっくに結婚が決まって両家の挨拶も済んでいたよね?」
「そうなんだけど……」
「どっちが誘ったの?」
二人は顔を見合わせる。その仕草が余計に私を苛立たせた。
「花音……ごめんなさい。私、直人のことが好きなの」
「へえ。好きなら親友の婚約者を奪ってもいいの?」
「いけないことなのは、わかってる」
「わかってるなら、なぜするの?!」
私の叫び声に、すみれはビクッと肩をすくめた。
「待ってくれよ花音。俺も悪いんだ」
「悪いと言えば許されるとでも思っているの?」
「……じゃあ、どうすればいい?」
「こっちが聞きたいわよ! どうするつもりだったの?」
「今、それを話し合っていたんだ」
「私に隠れてコソコソと? 何を話し合っていたというの!」
その時、すみれが立ち上がった。
「私、赤ちゃんができたの。……直人の子よ」
直人を見ると、視線をふと逸らした。
「……本当なのね?」
「……うん」
私は、目の前が真っ暗になった。
仕事も辞めたのに。大阪に行く準備もしていたのに、このタイミングで?
「私、産みたいの。直人の子だもの」
目の前で話しているはずのすみれの声が、遠く聞こえた。
頭が割れそうに痛い。
感情を処理できない!
私は、コートを掴むと部屋を出た。
階段を駆け下りエントランスを抜けた。
息が切れて立ち止まったけれど、直人は追いかけて来なかった。
**
どうやって自分の家に帰ったのか、覚えていない。
覚えているのは、鉛を飲み込んだかのような重苦しい気持ちと、怒り。そして、愛する人と親友に裏切られた羞恥心だけ。
どうしてこんな目に遭わなければいけないの?
仕事も結婚も失って、これからどうすればいいの?
――わからない。
真っ暗な闇の中で、ただひたすら息を殺しているしかなかった。
朝を迎えても、答えは見つからない。
自分がどうしたいのか、それすらわからなかった。
不思議なことに、私は泣けなかった。
涙が出れば、この重苦しい気持ちも一緒に流れ出してくれるのではないかと思ったけれど……心が麻痺してしまったように、涙は一滴もこぼれなかった。
部屋を見渡すと、そこかしこに直人との思い出がある。二人で選んだマグカップ、旅行の写真、そして……婚約指輪。
日が差して室内が明るくなると、嫌でも目に入る「幸せだった時間」の象徴。
私は、婚約指輪を掴んでコートを着ると家を飛び出した。
「……会社の帰りに、直人がすみれの肩を抱いて歩くのを見た。それから何度も連絡したのに返信はない。……どういうこと?」
「……」
「……」
黙り込む二人に絶望を感じた。
「私、今日付けで正式に退職した。結婚式は二週間後なんだよ?」
「……」
「……」
私は声を荒げずにはいられなかった。
「黙っていれば済むとでも思っているの?! ……いつから?」
「花音、これには訳が」
「いつからだって聞いてんのよ!」
「半年前から……」
「半年前? もうとっくに結婚が決まって両家の挨拶も済んでいたよね?」
「そうなんだけど……」
「どっちが誘ったの?」
二人は顔を見合わせる。その仕草が余計に私を苛立たせた。
「花音……ごめんなさい。私、直人のことが好きなの」
「へえ。好きなら親友の婚約者を奪ってもいいの?」
「いけないことなのは、わかってる」
「わかってるなら、なぜするの?!」
私の叫び声に、すみれはビクッと肩をすくめた。
「待ってくれよ花音。俺も悪いんだ」
「悪いと言えば許されるとでも思っているの?」
「……じゃあ、どうすればいい?」
「こっちが聞きたいわよ! どうするつもりだったの?」
「今、それを話し合っていたんだ」
「私に隠れてコソコソと? 何を話し合っていたというの!」
その時、すみれが立ち上がった。
「私、赤ちゃんができたの。……直人の子よ」
直人を見ると、視線をふと逸らした。
「……本当なのね?」
「……うん」
私は、目の前が真っ暗になった。
仕事も辞めたのに。大阪に行く準備もしていたのに、このタイミングで?
「私、産みたいの。直人の子だもの」
目の前で話しているはずのすみれの声が、遠く聞こえた。
頭が割れそうに痛い。
感情を処理できない!
私は、コートを掴むと部屋を出た。
階段を駆け下りエントランスを抜けた。
息が切れて立ち止まったけれど、直人は追いかけて来なかった。
**
どうやって自分の家に帰ったのか、覚えていない。
覚えているのは、鉛を飲み込んだかのような重苦しい気持ちと、怒り。そして、愛する人と親友に裏切られた羞恥心だけ。
どうしてこんな目に遭わなければいけないの?
仕事も結婚も失って、これからどうすればいいの?
――わからない。
真っ暗な闇の中で、ただひたすら息を殺しているしかなかった。
朝を迎えても、答えは見つからない。
自分がどうしたいのか、それすらわからなかった。
不思議なことに、私は泣けなかった。
涙が出れば、この重苦しい気持ちも一緒に流れ出してくれるのではないかと思ったけれど……心が麻痺してしまったように、涙は一滴もこぼれなかった。
部屋を見渡すと、そこかしこに直人との思い出がある。二人で選んだマグカップ、旅行の写真、そして……婚約指輪。
日が差して室内が明るくなると、嫌でも目に入る「幸せだった時間」の象徴。
私は、婚約指輪を掴んでコートを着ると家を飛び出した。