君だけに奏でる愛のカノン〜世界的ピアニストの甘い溺愛〜
 奏の言葉は、私の心に光を灯してくれた。

「嬉しい。あなたが私のために努力してくれたことも、今こうして話せていることも」
「僕も嬉しい。……あの時、名前も聞かなかったことをずっと後悔していたから」
「それは私も一緒」
「本当? もっと早く会いたかったな。……君に感謝を伝えたくて」

 感謝と言われて、意外に思った。

「感謝しているのは、私の方。実は、あの日が私の曲を披露できる最後の大舞台だったの。でも、パートナーを務めてくれるはずだった後輩が会場に来られなくなってしまって。あなたがいなければ、私は途方に暮れたままだった」
「そうだったのか。それで君は泣きそうな顔をしていたのか」

 五年前の出来事を、今になって互いに理解できるなんて。
 
 いろいろな疑問が解消されていく時間が楽しかった。

「あなたは、私の窮地を救ってくれたヒーローなのよ」
「嬉しい。君にそう思ってもらえていたなんて。……僕にとっての君は、そうだな「女神」かな」
「私が女神? どうして?」
「実はあの時、僕は行き詰まっていて――ピアノを辞めようと思っていたんだ」
「そうなの? 勿体ない」
「でも、君のお陰で、辞めなかった」

 奏はコーヒーを一口飲んで、また言葉を続けた。

「僕は、オーストリアを拠点にしたプロのピアニストなんだけど、五年前……心を壊しかけた」

 プロのピアニスト。

 どうして気付かなかったのだろう?
 あの才能と技術があるのだもの。少し考えれば、彼の存在に辿り着いたかも知れなかったのに。

 ついそう思って自分を責めてしまったけれど、でもオーストリアを拠点としていることが、わかるはずもないことに気付き、納得した。

「どうして壊れかけたのか……聞いてもいい?」
「愛する女性の裏切りと、自分の才能に限界を感じたから」

 愛する女性の裏切り。

 その時受けたであろう奏の心の傷と、自分の受けた衝撃が重なった。

「……辛かったわね」
「うん」

 私たちは、しばらくそれぞれの思いを噛み締めた。

「そんな時、たまたま日本で親戚の結婚式があって、僕は逃げるように日本に来た」
「ああ、もしかしてホールの近くにある結婚式場?」
「そう。そこが式場で。あのホールの裏手をぼんやり彷徨っていたら、楽譜が顔に飛んできた」
「顔で受け止めてくれたの?」
「うん。でもそこには、力強くて温かい旋律が並んでいて」
「生命の息吹を感じるって言ってくれたわよね」
「生命の息吹っていうお気に入りの詩があって。その時、僕が最も求めていたものだったから、その言葉が自然に出てきた」
「私は、あの時……自分の限界を超えた気がした」
「僕もだよ。……一人では辿り着けなかった場所に、君は僕を誘ってくれた」
「あなたが私を連れて行ってくれたのだと思う」
「君が、だと思う」

 私たちは、同時に吹き出した。
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